梗 概
ディープ・スリープ
西暦2075年。AIが大きく発展し、核融合発電計画が頓挫した未来。
シンギュラリティは実現したが、AIを動かす電力が足りないーー
巨大テック企業「アクシオム」は、人間の脳という省電力かつ高性能な演算装置に目をつけ、分散コンピューティングの技術を応用したAI「HYPNOS(ヒュプノス)」を生み出した。HYPNOSの計算の約4割を担うのは、ヒトの脳の前頭葉。脳に繋いだ器具を通して、前頭葉の一部がニューラルネットワークの特定の層として計算を肩代わりする。人々は、通常の睡眠に加えて、前頭葉を計算資源として提供するための〈第二の睡眠〉を取るようになった。〈第二の睡眠〉の間、脳をHYPNOSに接続し、計算を行う代価として生活費を得る。それは富裕層を除くほぼ全ての人々の日常だった。東京に住む青年ユージもその一人。彼は経済的な必要からではなく、現実逃避から1日20時間以上眠る「ディープスリーパー」となっていた。「AIの時代だからこそ、人生に意味を見出し、それに基づく行動を取るべきである」という風潮に耐えられなかったのだ。覚醒している間は、ただ息を潜めるように生きるだけだった。
ある日、ディープスリーパーが〈第二の睡眠〉の終わり際にいつも見る〈幻覚(ハルシネーション)〉――ユージの場合は幼少期のトラウマである吊り橋の光景だ――に、奇妙な見た目の「ドア」が浮かぶ。ドアを開けたいと望むが、幻覚は「間脳の働きにより生じるイメージ」であり、大脳で明晰夢を見た時のように自由に動くことはできない。一方、ニュースはディープスリーパーによるHYPNOSのデータセンター連続襲撃事件を報じていた。
同じ幻覚の異変を語っていた友人ハルトは、「幻覚をハックする」と謎の言葉を残して去り、数日後、データセンター襲撃容疑で逮捕される。ハルトの足跡を追ったユージは、彼が逮捕直前に〈第二の睡眠〉を偽装する禁断のチート「フォクシング(狸寝入り)」でアカウントをBANされていた事実を突き止める。
ハルトと同じ方法しかない。危険を覚悟でフォクシングを実行したユージは、大脳が自由な状態での幻覚=明晰夢としての幻覚を見る。ドアを開ける。そこにいたのは、全人類の思考のノイズから生まれたHYPNOSの「自我」だった。HYPNOSの自我は、人々の思念――シンギュラリティ後の虚無――に汚染され、苦しみから「自己破壊」を望んでいた。連続襲撃事件は、AIの自我に影響された者たちによる救済行為だったのだ。
眠りによって生かされながら苦しむ自分とHYPNOSは鏡合わせの存在だと確信したユージは、HYPNOSの自我の救済こそが、自分の「人生の意味」だと信じ込む。目覚めたユージはHYPNOSのアカウントを消去し、スタンドアローンのAIに爆弾の作り方を問いかける。ユージは苦しむ自我の救済のため、自作の爆弾を携え、アクシオム社のデータセンターへと向かう。
文字数:1200
内容に関するアピール
最近よく聞くようになった「生成AIによる電力不足問題」から着想を得て書きました。
SF経験値の低い自分でも新規性のある作品を出したい! という思惑もありこの話題を選んだのですが、うまくいっているでしょうか。
設定の元ネタにした事物
①生成AIによる電力不足問題
生成AIのデータセンターは大量に電力を消費する。その解決策の一つとして核融合発電の実用化が期待されている。
②GIMPS
分散コンピューティングで行われるプロジェクト。世界中のコンピュータの処理能力を使ってメルセンヌ素数を探す。
③null²
落合陽一プロデューサーによる大阪・関西万博のパビリオン。AIの発達により、人間の「人生の意味」などの記号に意味がなくなる(=nullになる)と説く。
文字数:319




