夢幻泡影

印刷

梗 概

夢幻泡影

ミキは荻窪葬祭という葬儀屋を営む二十五歳の女性。病院から連絡が入るとドローン寝台車でお迎えに行き、亡骸を引き取る。遺族と話し合い、会場を押さえて葬祭を行うか直葬か、宗教や宗派の確認、斎場や宗教儀典者との日程調整などを行う。葬儀屋の仕事はいつの時代も基本は変わらないものだ。

ただ一つ、二〇七五年、人間は全員、脳に埋め込まれたチップでネットワークにつながっている。それをクローズしてチップを抜去すること、それは医療関係者ではなく葬儀屋の仕事になっているのだ。心のケアが必要な仕事、敬う気持ちが求められる仕事、このあたりはいくらAIが発達しても人間がAIに仕事を奪われることはなかった。AIに弔うということがインプットされたとしても、人間は人間に弔われることを好む。

そもそもかつて恐怖されていたほどAIは有能ではない。インターネットが発達してもリアルとデジタルが対立するわけでもなく、インターネットは単なるリアルの一部にしかならなかったように、AIなんてただのツールだ。なかなかの人力でバングラデシュあたりの労働者たちが二十四時間、AIのスペルミスや間違い、いたずらで学習させられたことを調整している。だからAIに、「日本の曹洞宗の正しい念珠を教えてほしい」なんて尋ねても、大した答えは出てきやしない。浅草の仏具屋に直接チャットで聞いた方が早いのだ。

ある日、東葬協(東京葬祭協同組合)から臨時の総会の連絡が届く。政府の政策で大量にチップが抜かれるという。なぜなのか。だれのチップを抜かれるのか、政府が選定するらしい。許せない気持ち。抜かれた人間はネットワーク外となる。チップを通じて遠隔でも人の気持ちが伝わる時代なのだ。そしてチップを通じて常に脳の状態が安定化されるプログラムを供給されているので私たちは諍いもなく穏やかにくらしている。それを抜く。暗い気持ちがよぎる。穏やかに管理された社会が綻びをみせることへの不安感。インターネットは7Gとなり大量のデータが即時にやりとりされている。だからこそ人間の気持ちや感情をダイレクトにシェアでき、状態の安定化も可能だ。

7Gネットワークとハイパースケールデータセンターは莫大な消費電力に支えられている。電力を維持しているのは原子力発電所だ。そこは百年前からかわらず代替エネルギーもみつからない。その原子力発電所で大規模なトラブルが起きたらしいのでシステムを維持できず、人間からチップを抜かなければならないことがわかってくる。

文字数:1030

内容に関するアピール

ミキは荻窪の商店で子供の頃から育ち、実家の葬祭業をついでいる商店の人間。当たり前にしてきた仕事だが、あるときから景色が変わってくる。

描きたいものは、政府にコントロールされて穏やか、温かいけれど、自由さはない世界。結局、原子力発電は二〇七五年も薄氷のようなもので、代替エネルギーは見つかっていない。それなのに電力依存のネットワークやデータセンターだけが過剰に発達し、そのほかのインフラはボロボロである。だから街の景色は一九七五年に似ている。

人々は穏やかにコントロールされている中で、政府による選民政策が進められている。チップを抜去しネットワークから抜けたら人間がどうなるのか。噂しか聞こえてこない。悪い噂と良い噂が出回っている。ミキはそれをなぜ葬儀屋の私におしつけられるのかという疑問を感じながら立ち回る。

文字数:352

課題提出者一覧