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梗 概

2035年、地球温暖化がさらに進み、大規模森林火災が世界で多発している。ケンは日本の地方都市に住んでいる。森林に近い都市はしばしば火災の延焼を防ぐため、街全体が強化プラスチック製の防護壁で二重に覆われている。防護壁の内側と外側の間には、火の侵入を防ぐ緩衝層として二酸化炭素が充填されていた。

ケンは子供時代に火事で両親を失い苦労して生きてきた。そのため火に対して強い恐怖感を感じている。災害への不安はあるが、土地のしがらみや経済的事情から街を離れられずに非正規職員として防護壁の保守・点検の仕事をしている。

貧しさや閉塞感のある日々の中、ケンは食料品店の店主と親しく言葉を交わすようになる。食料品店の店主は防護壁の外から食品を入手しており、メディアやネット上には出回らない噂や、真偽のわからない他都市の情報をときおり語る。

ある日、ケンは防護壁内で裕福な地区に住む子供が火遊びをしているのを目にする。豊かでないケンは裕福な子供に対して引け目のようなものを感じ、強く踏み込んで注意することができずうやむやとなる。ケンの心の中で小さな違和感が残る。

そんな折、慈善事業として移動式のサーカスが街にやってくる。住民はひととき楽しい時間をすごすが、サーカスは火を使った演出があった。ケンは火へのトラウマを思い出して恐怖とともに気分が悪くなる。サーカスは日程の途中で小さな事故を起こした。大事には至らなかったが予定より早く撤収が決まる。

ケンは子供の火遊びのことも思い出し、再び何か起こるのではないかと不安感が広がる。食料品店の店主は、他の都市へ移動していったサーカスが大きな火災事故を起こし死傷者が出た噂をケンに伝える。

防護壁の外の森林は、雨の降らない日が続いているため森林火災が大きくなっていた。行政やメディアは、防護壁は機能しているので延焼が広がっても問題ないことと、消化活動も進んでいると繰り返す。ケンは防護壁の保守・点検をしながら、行政やメディアのいうことは本当だろうかと疑念を持つ。

数週間後、街の片隅で火事が発生する。建物が何軒か焼け、防護壁の内側の天井には、黒いすすの痕跡が残って消えない。出火の原因はまたもや裕福な家の同じ子供によるいたずらだった。

ケンは最初の火遊びのときに強く止めなかったこと、通報しなかったことを思い返す。防護壁があるので火事から守られているつもりでいたが、子供のいたずらやサーカスの失火など、火事は防壁の内側でたびたび起きていた。結局、火への不安からは逃れられない。そしてケンは忘れていた記憶を思い出す。

かつて自分も裕福な子供だった。自宅の庭木についていた虫を面白がって火で焼いていた。その火が延焼して家を燃やし両親を焼死させてしまった。今となってはどうにもならない。心の頼りにもならない防護壁の保守・点検の仕事から逃れられない。心の中にすすのような黒い痕跡が大きく広がった。

文字数:1197

内容に関するアピール

二十年ほど前に家が火事にあいました。死傷者は出なかったですし、そのときはなんでもなかったのですが、年をとってきたら火に対して嫌な気持ちが思い出されてきました。これがPTSDかなと思い、せっかくなので今回の案にしてみました。

このストーリーのSF的なガジェットは、街を囲っている間に二酸化炭素を充填した二重構造の火災防護壁です。そのガジェットは火から人々を守る希望の装置だったはずなのですが、どうにもならない足元から平穏が崩されて過去の記憶を思い出す、というお話です。

文字数:232

課題提出者一覧