マスク

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マスク

 天気がいいからオートバイで海岸道路を走った。ラーメン屋に入るとテレビでは音楽番組が流れていた。チャートのトップだという女性アーティストが歌っている。どこかで見たような顔立ち、メイク、ヘアスタイル。その次のアーティストも似たような見た目で、「おんなじようなのばっかりじゃん」と、つぶやいてしまった。
 隣の席にいた二十歳くらいの女性がこちらを見た。
「ああいうの、興味ありますか」
「私、バンドでボーカルをやっているので。あんな量産型のアーティストには負ける気がしないです。個性あると思ってるんで」私はそういってテレビをにらんだ。
 その人は笑顔になると「よかったら事務所のオーディション受けてみませんか。あなた、なんというかすごくオーラというか存在感を感じるんで」とオーディションのチラシをくれた。

「これ、つけてくださいね」
 マネージャーが一枚のフェイス・マスクを持って、私を見つめる。
 オーディションを受けて、気がついたら私はプロ・デビューしていた。
 そしてミュージックビデオの撮影の日、急にフェイス・マスクをつけるように言われたのだ。
 少し黒みがかった半透明でなめらかな薄いマスク。それ自体がなんだか私の顔をのっとる妖怪みたいで気持ち悪かった。
「売れたいと思うなら、このフェイス・マスクをつけないと」
 マダガスカル島のカメレオンによく似たマネージャーは私にそう言った。
「デバイスになっていて表情とメイクをデジタル制御できる」スーツを着たマントヒヒのボスみたいなプロデューサーも笑顔で話しかけてきた。
「サイバー×フィジカルって言ってね。現実で起きていることをリアルタイムでデータ分析している。その結果を現実の世界に即反映するシステムなんだ」
「そういうのはアイドルがやればいいんじゃないですか?」
 私は怒りに燃えてマネージャーとプロデューサーを睨んだ。
「私は顔とかメイクも含めて自分自身を表現したいんです」
「わかる、でもね」プロデューサーが笑顔で肩に手を置いてきた。
「デジタル・マーケティングで現実を最適運転するって言ったらいいのかな?」
 そうだ、とマネージャーもうなずいている。
「ファンの感情やネットの反応、気象、時間帯、いろんなデータを取り込んで最適化されたビジュアルを創りだす」プロデューサーは言った。
「何が最適なのかは自分で決めます」私は低い声でがんとしていった。
「デジタルツインといってね。あなたの演算をしている分身がいる。データを元にどんなメイクや表情が良いかを仮想空間で何億パターンもシミュレーションし、最適解だけを現実のマスクに反映する。マスクへの結果の反映は瞬時。ファンが求めるものをリアルタイムで表現できる」
 プロデューサーはマネージャーが持っていたフェイス・マスクを手に取り、私に差し出した。
「私の個性とか表現したいものはどうなるんですか」
「それは売れてから出したらいいんじゃないかな」とマネージャー。
「売れてファンがついてから好きなことをやったらいい。今は結果を出さないと」プロデューサーが言った。

 一年後、満員のコンサート・ホールで、熱狂する観客を前に私は歌っていた。観客から見た私は、目が輝いて笑顔になったり、せつなさで泣きそうになったりしているように見えただろう。だけどフェイス・マスクの下で私は無表情だった。
 限界だと思った。観客の前でフェイス・マスクをとり、素顔で歌いたかった。両手でフェイス・マスクを外そうとしたけれど安全装置がかかって外れない。力ずくでもがいているうちに体勢を崩してステージから転落した。

 気がつくと病室だった。
「起きた?捻挫ぐらいで脳波も異常はないけど、安静に」マネージャーに言われた。
「もうやめます」私は言った。
「他人の求めるルッキズムを押し付けられて、こんなの私じゃない」
「あなたのデビューには莫大なお金がかかっているの。来年までツアーが決まっているし」マネージャーが感情のない声で言う。
「どうしてもやめるっていうなら、あなたの代わりになる新人を連れてくるなら考えます」

 天気がいいからオートバイで海岸道路を走った。ラーメン屋に入るとテレビでは音楽番組が流れていた。チャートのトップだという女性アーティストが歌っている。どこかで見たような顔立ち、メイク、ヘアスタイル。その次のアーティストも似たような見た目で、隣の席にいた二十歳くらいの女性が「おんなじようなのばっかりじゃん」と、つぶやくのが聞こえた。
「ああいうの、興味ありますか」
「私、バンドでボーカルをやっているので。あんな量産型のアーティストには負ける気がしないです。個性あると思ってるんで」彼女はそういってテレビをにらんだ。
 私は笑顔になって「よかったら事務所のオーディション受けてみませんか。あなた、なんというかすごくオーラというか存在感を感じるんで」とオーディションのチラシを渡した。

文字数:2000

内容に関するアピール

この作品で「美しいもの」として描きたかったのは、冒頭に出てくる主人公の女性。女性らしさにとらわれずナチュラルに生きている姿です。そして「美しいもの」に触れるなら「ルッキズム」への抵抗も織り込みたいと考えました。

SF的な命題としては、人間の意思と、データ社会のアルゴリズムはどちらが優先されるべきかを問うたつもりです。

また「そっくりな顔」とか「中の人間の入れ替わり」など、星新一的なモチーフを入れており、冒頭とラストがループするギミックも好きなので使ってみました。

ラストは主人公が「フェイス・マスク=顔」から逃れるために、ルッキズムを批判しながらも気がつけば加害者側に加わっていく形で終わりました。アルゴリズムに支配された量産型のアーティストがまたループして生まれていく、このディストピアに果たして終わりはあるのでしょうか。

文字数:361

課題提出者一覧