死後オプション相談課

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梗 概

死後オプション相談課

近未来。医学や医療、遺伝子工学の進化により人類の寿命は100年前後となり、死後の身体処遇は生前登録制となった。身体処遇の方法は、死亡と同時に身体が自然発火・完全消滅する《ゼロ・ボディ法》と、遺体を剥製にして死後も共に暮らす《遺体保存・家族管理権法》の二択。どちらかを選んで還暦までに登録するのだが、家族や夫婦の間ではそれぞれの思惑や価値観の違いからトラブルが絶えず、役所に「死後オプション相談課」が設けられることになった。

ある日、五十代の小林太郎・花子夫妻が「死後オプション相談課」の窓口を訪れる。還暦までに登録を行わなくてはならない。だが、お互いに意見が分かれている。妻は《ゼロ・ボディ法》を希望。夫は《遺体保存・家族管理権法》しか考えられないという。

「遺体を剥製化するなんて気持ち悪いじゃないの。まさか、この人がそんな変態趣味があったなんて」

と小林・妻。

「好きな家族とは一緒にいたいだろう? 存在していたという証が欲しいだろう? まさかおまえがそんな冷徹な人間だとは思わなかった」

と小林・夫。

対応する職員は、感情を排した事務口調で淡々と聞き取りを行った結果、『死後シミュレーター』を提案する。これは、VRの仮想空間で互いの死と希望の死後処理を体験し、それに基づいて死後処理を確定・登録するというものだ。夫婦の話し合いが平行線になり、結論が難しいと判断された場合にのみ適用が許される。

小林夫妻は『死後シミュレーター』でそれぞれどちらかが先に死んだ場合の《ゼロ・ボディ法》と《遺体保存・家族管理権法》を体験する。仮想世界でシミュレーションされたそれぞれの未来は、夫妻が思いもしないものだった。

『死後シミュレーター』体験後、再び市役所を訪れる小林夫妻。だが、向かったのは「死後オプション相談課」ではなく、戸籍課だった。二人は死が二人を分かつ前に、婚姻関係を解消することにしたのだ。

文字数:789

内容に関するアピール

怖いものは、「死体」です。

子どもの頃から、生きている虫より死んだ虫のほうが怖い。ゾンビ作品も苦手です。子供時代に暮らした田舎には「土葬」のお墓がまだ残っていて、側を通るのも怖かった。

数年前に愛犬が深夜に虹の橋を渡った時、夫は朝まで愛犬の遺体に寄り添いましたが、私は直ちに最短で火葬を手配し、朝まで別室で過ごしました。愛犬の死はとても悲しいけれど、死体は怖いのです。恐怖とは、理屈ではありません。本能です。無理なのです。

夫が半ば冗談で今のワンコが死んだら剥製にすると言い出して、ガチで反対したことがありました。

そんなことを思い出して、このお話を思いつきました。

 

文字数:279

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死後オプション相談課

 死後の身体は、行政の管轄である。私の職場は、市役所地下三階の『死後オプション相談課』だ。私はこの部署に配属されて七年になる。その名の通り、死後のオプションについて市民から相談を受けることが仕事だ。七年間、生きている人間を眼の前にして、彼らの死後の話ばかりしているが、私はこの職務を気に入っている。死は、生きとし生けるものすべての終着点。遅かれ早かれ誰にでも訪れる平等にして公平な未来。その未来に寄り添うことができるのだから、とてもやりがいがある。

 医学や医療、遺伝子工学の進化により人類の寿命は100年前後となり、死後の身体処遇は生前登録制となった。身体処遇の方法は、死亡と同時に身体が自然発火・完全消滅する《ゼロ・ボディ法》と、遺体を剥製にして死後も共に暮らす《遺体保存・家族管理権法》の二択。成人すると誰もが自分の死後の身体処遇を自分で決めることができる。だが、婚姻した場合、残された配偶者に配慮しなければならない。婚姻関係を結んだカップルには、『死後オプション配偶者規定』が適用され、自分で決めた死後オプションが配偶者の希望に沿わない場合は、変更が認められているのだ。結婚記念日をきっかけに『死後オプション』を見直す夫婦は、多い。家族や夫婦の間ではそれぞれの思惑や価値観の違いからトラブルが絶えず、それ故に役所に「死後オプション相談課」が設けられることになった。

本日訪れた夫婦は、銀婚式を迎えた共に五十代のカップル。小林太郎・英子夫妻だ。

「本日はお越しいただきありがとうございます。死後処遇選択制度についてのご相談ですね」

 夫は背筋を伸ばし、妻は腕を組んでいる。戸籍課から取り寄せた二人の資料を並べる。成人時に二人とも《ゼロ・ボディ法》を選択している。

「変更を希望されているのは、お二人ともですか?」

 私の質問に、夫が更に背筋を伸ばし、妻は固く腕を組む。

「妻だけ、変更してほしいのです」

と夫。

「男性の方が寿命が短いとされている。さらに、私は妻よりも三歳年上で、ニコチンとアルコールのヘビーユーザーで、メタボで高血圧で運動不足。絶対に私が先に逝くと思うのです」

 だったら、残された妻の死後のことは気にしなくてもいいのでは? と私はやんわりと確認をした。すると、夫氏は顔を真っ赤にして訴えた。

「でも、100%そうなるとは限らない。人生何が起きるかわからないんです。もし万が一、妻に先立たれたら……」

 つまり、自分だけが残された未来を想定して、奥さんの死後オプションを《ゼロ・ボディ法》から《遺体保存・家族管理権法》に変更したいというのだ。

「私は、消えてしまいたいんです」

組んでいた腕を解いて前のめりに妻が言った。

「完全に。骨も灰も、個人情報も、何も残らない。この世に何も残したくないんです」

ゼロ・ボディ法は、分子分解処理を行い、身体を完全消滅させる制度だ。つまり、灰も骨も戻らない。宗教的反発は大きかったが、衛生面と土地問題の解決策として支持を広げた。

 「でもね」夫が口を挟む。

「何も残らないなんて、酷いじゃないか。残されたおれはどうすりゃいいんだ」

 「遺品は残るでしょ」

 「身体だよ。君がいたという証。骨も灰も残らないなんて、つらすぎる」

 妻は小さく笑った。

 「じゃあ、あなたは、私の死体を家に置きたいの? 私はイヤだわ。あなたの死体と一緒に暮らすなんて、怖すぎる」

 この質問は、だいたい場を凍らせる。私はすかさず補足する。

 「奥様、『死体』という表現は物体としての即物的な印象を与える言葉ですので、ちょっと不適切かと。あくまでも《遺体保存・家族管理権法》の保存体は『ご遺体』を防腐・固定加工し、衛生面の問題の問題もない、温度管理不要な……」

 「だから、おれが先に死んだら、さっさと消えてやるって。おれが問題にしているのは、君が先に死んだ場合のことで――」

 私は、「判断基準の資料として、改めまして《遺体保存・家族管理権法》の保存体についてご説明いたします」

 とその場をとりなした。

 保存体は、いわば“公認剥製”だ。法的には物品扱いだが、家族管理権が設定される。隣に座らせることもできる。抱きしめることもできる。但し、体温はなく冷たいままだが。そして、ゼロ法に比べてコストがかかる。年に一度のメンテナンス義務と所有者死亡後の処理費用が義務付けられているのだ。

「もちろん、コスト面だって承知している。君は、死んでもおれといっしょにいたくないのか? 一緒に歳を取ってきたんだぞ。急にゼロになるなんて、乱暴だ」

「乱暴なのはあなたよ」

 妻の声が少し震えた。

「私は“物”になりたくない。人間として最後を全うしたい。死んで剥製にされるなんて、ゴメンだわ」

 この言葉は重い。確かに、保存体は制度上“物品”である。人格は消失し、所有と管理の対象になる。奥さんのいうことは、最もである。だからこそ、現在密かに<保存体に人工知能を埋め込んで故人の人格を移植する>という計画も進行しているのだが……これは、倫理的に諸々な諸問題を孕んでいるために、公に公表されてはいない。

 しばらくの沈黙。ここは、急かしてはいけない。二人が冷静になるのを待つ。釜口市特産のハーブティーを二人に振る舞い、緊張をほぐす。すると、妻が切り出した。

「そもそも、なぜ2択なんですか? ゼロ・ボディ法一択にするか、でなければもっと多様性があってもいいのでは?」

 必ずこの質問が飛んでくる。私は、シルクスクリーンを下ろしてカーテンを締め室内灯を消し、プロジェクターを起動する。映し出されたタイトルは、『死後処遇選択制度の歴史』。ご質問はもっともなので、あらかじめスライドショーを用意している。ここからは、この制度の成り立ちから学んでいただく。ちなみにこのスライドショーは、七年前に私が徹夜で完成させたものである。

まずは、死後オプション誕生の歴史について。実は私の専門は、死後オプション歴史学。

再生医療とナノ修復技術で平均寿命は120歳に延びた。問題は「死ななくなった」ことではなく、“死の管理コスト”が跳ね上がったこと。墓地不足や孤独死増加、遺体管理の都市衛生問題などに行政の財政は逼迫する。そして、都市部では違法な<遺体ストック施設>なるものが現れ、社会問題化したのだ。やがて脳情報をスキャンし、人格をクラウド保存する企業が急成長する。そこでもまた問題は後を絶たない。人格データの改竄や複製人格の違法売買、死者アバターによる選挙干渉などだ。

ついに政府は人格データの商用保存を全面禁止。ここで死後 “人格を残す”という選択肢が絶たれた。

小林夫妻は、「知らなかった」「てか、知らされてないよね」と神妙に頷いている。そりゃそうだ。この紆余曲折は、政治的な『迷走』だ。行政としては、あまりほじくりかえされたくはない。だから、公にはされていない。

「そうこうしているうちに、科学の進化で、心臓が停止した後の肉体を瞬時に分解する細菌が開発された。これにより、『完全消滅』のゼロ・ボディ法が誕生することになったのです」

では、最初の質問に戻ろう。なぜ2択なのか? 結論から言うと妥協の産物だ。昔はもっと選択肢があった。しかし、選択肢が増えるほど、遺族間訴訟が爆発的に増えた。

家庭裁判所がパンクして、社会は疲弊。そこで政府は決断した。価値観を“極端な2つ”に固定する。なぜ極端か? グラデーションは揉める。二択なら、選択の余地がありつつ、結論も早い。

小林夫妻の顔には、「?」しかなかった。紆余曲折、いろいろあってこの二択。私の力作のスライドショーを見ても、納得はできないだろう。だったら、次はこれ。

 私は、パンフレットを二人の前に差し出す。

「当課では、死後シミュレーターの貸し出しも可能です。実際の選択後の生活を疑似体験できますよ」

 二人は黙っている。私は付け足した。

「あくまでもシミュレーターです。未来を予言するわけではありません」

 やがて妻が言った。

「ゲームだと思って、やればいいんじゃない?」

「そうだな。未来ゲームだと思ってやってみるか」

二人は、「死後シミュレーターセット」の小箱を抱えて、仲睦まじく帰っていった。

※ ※ ※

その夜、小林夫妻は早速装置を試すことにした。

装置は簡素だ。クラウドのサーバにアクセスし、生成AIの質問に答える。質問の内容は、簡単な身辺調査のようなもので、十分ほどで終わる。あとは、『どんな死後をシミュレーションしたいか』を入力し、ヘッドセットと神経接続パッドを装着するだけ。今回揉めているのは、妻が先立った場合の妻の死後オプションについてなので、二通りの未来を体験することにした。ひとつ目は、『妻がゼロ・ボディを選んだ未来』。ヘッドセットのエンターボタンを押すと、仮想空間が立ち上がる。

ケース1『妻がゼロ・ボディを選んだ未来』

 夫は一人、リビングにいる。仏壇はない。遺影もない。写真データは、本人の生前同意で自動削除済み。最初の数日、夫は妙に元気だ。友人と飲みに行き、ランニングを始める。妻がゼロ・ボディを選んだ以上、ある程度は覚悟していたのだ。密かにメンタルクリニックに通い、孤独に負けないイメトレも功を奏していた。数十年ぶりの独身生活をその自由を享受し、楽しんでいた。「恐れているほど、辛くはないな」と思う夫。だが、ある夜、洗面所で歯ブラシが一本しかないことに気づく。妻は、歯ブラシすら残すことを良しとしなかった。なぜなら、夫が捨てることを拒むから。妻の遺品に囲まれて、悲しみに溺れてしまうから。妻の「すべてをゼロにする」ことへの真意を理解する夫。すると、とてつもない寂寥感に襲われて動けなくなる。「歯ブラシがないんだ」と呟いて、夫は壊れる。

仮想空間から抜けて、夫が吠える。「ほらみろ。やっぱりゼロはナシだ」と夫。妻は静かにおっとに言う。「まだよ。次も見てみましょう」

 妻がヘッドセットを再装着。渋々従う夫。妻が、『妻が保存体になった未来』と入力する。

ケース2『妻が保存体になった未来』

 妻がダイニングチェアに座っている。瞬きもなく、薄く微笑んだままで。保存加工された妻の姿。夫は毎朝妻に「おはよう」と言う。最初は涙ぐむ。やがて日常になる。テレビを一緒に見る。旅行にも連れていく。保存体同伴の旅行者は、近年では珍しくない。同類の男性と、お互いの保存体妻を褒め合ったり、昔の惚気話で盛り上がったり。会話のやり取りや体温の温もりが感じられない物足りなさはあるが、一人ぼっちではない。

 だがある日、夫は風邪をこじらせて寝込んでしまう。朦朧とする意識の中で、うっすらと微笑むだけの妻の保存体がいる。突然怒りが込み上げる。こんなのは、妻ではない。自分の妻は、辛いときは、優しく声をかけてくれた。

「なんで何も言わないんだよ!」

保存体にどなる夫。当然、返事はない。これは妻ではない。妻の身代わりなど、あるわけないのだ。

 ヘッドセットを外した二人は、しばらく無言だった。最初に口を開いたのは夫だった。

「……ずるいな」

「何がです?」

「おれが先に死んだ場合のシミュレーションも、見るべきだろ?」

※ ※ ※

私は現在独身だ。恋人もいない。私の職場は、釜口市役所の地下三階にある『死後オプション相談課』だ。私はこの部署に配属されて七年になる。私には、かつて妻がいた。妻は、ロボット開発の研究者だった。ずいぶん昔に、私に余命半年の診断が下った時、妻は、私を開発途中の「人格を備えた動く保存体」に変えた。今から七年前に妻が他界した。妻は、ゼロ・ボディ法を選択していた。だから、妻の存在は欠片ものこっていない。でも、それでいいと私は思っている。国家機密保持のため、私は『死後オプション相談課』で機関の管理下に置かれながら、『死後オプション』のプロフェッショナルとして、市民の相談にあたっている。それが、妻が私に与えてくれた、今の私の生きがいなのだ。

ところで、例の小林夫妻のその後だが、彼らは再度『死後オプション相談課』を訪れることはなく、シミュレーターは戸籍課を通じて返却された。戸籍課の担当者によると、死後オプションの変更はせず、そのまま離婚届を提出したという。これもまた、よくあることだ。死後オプションというものは、それだけ奥が深いものなのだ。今回の決断が、二人の未来に僥倖をもたらすことを、私はこの地下三階から祈っている。(了)

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