トリップ

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トリップ

 小型宇宙船のハッチを開けると、冷気が一気に流れ込み、肺の奥まで凍りつくようだった。氷河期の地球は、寒さが苦手な俺にとってあまり心地の良い居場所ではない。今立っている場所は、緯度;35.692579、経度: 139.69437の地点。古文書によると、遥か昔、この辺りにはへんてこな形の高層ビルたちが、氷漬けの巨神兵のように立ち並んでいたようだ。その景色を想像してみる。案外悪くない。
 俺の名はマイキー。宇宙をさすらう一匹狼、いや一匹猫のトレジャーハンター。仲間はいないが、ノー・プロブレム。孤独は俺の燃料だ。今回地球を訪れた目的もちろん、お宝ゲットのため。伝説の薬草「アクティニディア ポリガマ」が、この忘れ去られた廃墟のどこかに眠っているという情報を得たからだ。

 灰色の世界を東へと進む。所々に見受けられる穴は、雪ネズミの巣穴だろう。やつらは、地球の氷河期の地球を生き延びた唯一の哺乳類。鋭い齧歯で氷を砕き、藻や苔を食べて生きている。分厚い毛皮と皮脂の処理が面倒だが、その肉は柔らかくて美味だ。お宝を手に入れたら、何匹か食用に仕留めよう。氷河期の良いところは、捕れたて新鮮な生肉があっというまに冷凍保存されることだ。まあ、俺の小型宇宙船にある小さな貯蔵庫には、2日分くらいの肉しか入らないが、それでも良質なタンパク質はありがたい。
 さて、今回のお宝・伝説の薬草「アクティニディア ポリガマ」とは何なのか? これは、先祖代々語り継がれてきた「幸せになれる草」だ。これまでは架空のものだといわれてきたが、『猫の気持ち』という地球の古文書が発見され、実在の植物であることが解明された。もちろん、氷河期の地球でフレッシュな個体は生息していない。だが、その古文書には、乾燥バージョンや粉末タイプなど、寒冷地でも保存可能な「アクティニディア ポリガマ」のことが記されていたのだ。「アクティニディア ポリガマ」を見つけ出せば、たちまち高値で売れるだろう。こうしている間にも、お宝目当ての魑魅魍魎どもが、地球を目指しているのだ。
「お宝探しは、順調かしら?」
 背後で声がした。振り返ると、グラマラスな美人がレーザー銃を構えて立っている。
「いや、今日は観光でね。廃墟マニアなんだよ」
 その瞬間、氷片が飛び散る。俺は左脇にジャンプし、かろうじてレーザー光線を避けた。
「動きが硬いわね、マイキー。宇宙の旅で筋肉が錆びたんじゃない?」
「俺の筋肉のしなやかさは、君が一番よく知っているだろう? ブラウニー」
 そう、彼女の名前はブラウニー。セクシーで危険な女盗賊。トレジャーには盗賊が付き物というか、俺がお宝をハントすると、彼女がその俺をハントするという。まあ、なんというか、彼女と俺は「腐れ縁」というヤツだ。
「どう? 共闘しない? いつものように」
 蠱惑的なオッドアイで、ブラウニーが俺を見つめる。
 俺は、グラマーなオッドアイにめっぽう弱い。

「聞くまでもないだろう」
 無条件降伏はいつものことだ。孤独が俺の燃料で、それを燃やす炎が彼女というわけだ。結末はわかっている。俺は彼女のためにお宝を見つける。つかの間の快楽と引き換えに、彼女はお宝をゲットして去っていく。俺の手元に残るのは甘い記憶だけ。救いのないアホだが、みんなそうだろう? エンドルフィンの快楽に抵抗なんかできっこない。そもそも俺は、彼女とのひとときのためにお宝を探しているようなものだ。
「マイキー、草を見つけたら、二人でちょっと試してみない?」
 おお、ブラウニー。君って子は、本当に困ったレディだ。そういうところも含めて、たまらない魅力なんだけどね。

※ ※ ※ ※ ※

「女将さん、猫ちゃん、酔っ払ってるよ~」
「そうなのよ。さっきね、常連さんがマタタビくれてねえ。それが気に入ったみたいで。ほら、マイキー、ここは邪魔だからあっちに行こうね」
 居酒屋の女将さんに抱えられ、キジトラのマイキーは店の窓際の猫ベットに放り込まれた。

「女将さんは、くじら座だったかい?」

「そうよ。タウ・セチとかいう惑星にマイキーと行くの」

「くじら座は遠いねえ」

「仕方ないわ。独身者は皆タウ・セチ行なのだし。私は、マイキーがいるだけマシよ」

明日から人類は地球を離脱する。あと数カ月後に、隕石が衝突するのだ。紛争や戦争で揺らいでいた人類は、種族存亡の危機に際してそれらの一切をなかったこととし、人類の存続に集中した。地球以外の惑星への移住。一か八かではあるが、それが急務となった。

「じゃあ、いつかまたここで再会できることを願って、俺はマタタビをこの椅子の隙間に仕込んでおくよ。マイキー、地球に戻ったときは、このスナックのソファを漁るんだよ」

「相変わらず、タケやんは楽天的やね。でも、そういうポテンシャルは、今だからこそ人類には必要かもね」

地球滅亡の一日前だというのに、常連たちはいつもと変わらず穏やかだった。

マタタビを齧り、喉を鳴らしながらマイキーは高層ビル群の明かりを見上げる。人間たちは誰一人として知る由もない、彼が今、未来の新宿にトリップしていることを。

文字数:2077

内容に関するアピール

美しいもの、で浮かんだのは、「猫」「廃墟」

その2つを元に色々考えて、結果的に「マタタビでトリップしている猫が未来にトリップ」という話に着地してしまいました。「美しい」が伝わるかどうか、まるで自信がありません。美しいというものを表現しようとはしたのですが。

※今回のAI作業

浮かんだアイディアの検証をしてもらいました。氷河期は何年後?とか、氷河期の新宿はどうなっているか? とか、猫がサピエンス化するには何年かかるか?とか。

文字数:210

課題提出者一覧