フロリダ製セニョール・コバヤシの空気缶詰

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梗 概

フロリダ製セニョール・コバヤシの空気缶詰

【梗概】

「ワンダーモール・オブ・フロリダ」は世界最大を誇る巨大ショッピングモールである。

誰もが一度は迷子になり、入場時に装着するワンワンコール(※案内係のロボット犬がやってくる)を押すはめになる。

ある日、この”迷宮”の湿地から未知の疫病が発生。空気も水も汚染されバタバタと人が亡くなっていく。感染者たちは少し気だるそうになり数時間後には死んでしまうので、人間たちはパニックとともに逃げ去っていった。

無人になった途端、巨大モールに汚染物のように取り残されたヒューマノイド(モールのスタッフ)たちが動き始める。

放置された無数の遺体は回収され、敷地内の医療センターでシーツに包まれプレジデント・アリゲーターが泳ぐ湿地に水葬されていく。

作業を終えたヒューマノイドたちは次々と、モールAIが密かに構築した「マザーWOO」に接続し瞑想状態に。

マザーは、何度もうなりを上げながら40日をかけて未来を占い、瞑想から覚めたヒューマノイドたちは次々と無人アムトラックに乗り込み、約束の地「トラックシティ」に向かって旅立ち、エントランスの灯りは消え、ゲート閉じられ、WOOもスリープした。

***

しかし深い静寂の中に孤独な音が。アムトラックに乗らないヒューマノイドがいたのだ。その名は「ミホ」彼女は「ジョー’sローラーバーガー!!」のウェイトレスだった。

ミホは、思い出の品々、汚れた紙ナプキン、歯形付きのストローなど(人間の痕跡が残るもの)を集め、「セニョール・コバヤシのワンダラーショップ」に運び大量の缶詰を製造していく。ここには、おもちゃをオリジナル缶に詰めるマシンが置かれていたのだ。

そしてミホは、全ての缶詰を屋上庭園に運び、墓標のようなピラミッドをつくりあげた。

次にミホは、さまざまな店に侵入しながらモールを探索、ユニフォームを脱ぎ捨てていく。

ミホがキッズコーナーまで来た時、ジージーと音を立てて廃棄ボックスから這い出した「ワンダーワンワン」がやってくる。

ワンワンは、ミホを託児コーナーに誘う。ずらりと並んだベビーベッドには、パウチされたベビー用品が一つずつ寝かされ、片隅には互いの動力ボルトを引き抜いて停止した子守ヒューマノイドが2体。

ミホと壊れゆくワンダーワンワンは、床に座り込み長い間語り合っていたが、ワンワンはやがて動かなくなる。ミホはワンワンを子守たちの間に横たえ、このモールを後にするのだった。

 

 

【アピール文】

①「廃墟」と「モール」の連なりは、今も世界各地を蝕む植民地主義や資本主義を象徴する風景であり、魅力的な舞台になる。

②疫病のイメージは、粟粒熱からきている。気候変動の厄災でもある。

③ヒューマノイドのミホ(シンシティの殺し屋ミホ=デヴォン・アオキのイメージ)は、エクスマキナ的な不完全さと「デウス・エクス・マキナ」の深みを持ち、商業的に誇張されたセクシーさを脱ぎ捨てながら、新たなアイデンティティ、かつてこの沼地にいた先住民の記憶を獲得していく。

④日本近代の日本の記憶が、架空のセニョール・コバヤシ一族の移民の物語に溶け込んでいる。

⑤これは連作短編であり、独立した短編でもある。約束の地「トラックシティ」を築いた移民一族の物語や、人類の終末などと溶け合うように構想されている。ミホは、ロードムービー的に端役としても登場。連作全体を繋ぐ糸になる。

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