ゴングを蹴るためのグルーヴ
ブレイザー、ブレイザー…!
だれかの叫び声が通りすぎていった。
ドゥクン
心臓がとび跳ねる。
ここは土星の軌道上、タイタンがよくみえる小さなポッドの中だ。
とつぜん、ダウンコンバート用のスピーカーが古いラジオのように歌いはじめる。
曲が聴こえる…!
なんだ、これは。
太陽からくるプラズマはさっきまで…波のように鳴るだけだったのに。
オレの目から涙があふれだす。
ああ、なんてメロディだ。
胸がしめつけられる。
ハイディ ハイディ…
古びたカトゥーンの中でキャブ・キャロウェイが腰をくねらせ、ゴーストたちと踊っている…。
手を高くあげ、指もくねらせてラバーレッグ。そして雄たけびをあげる。
ハイディ ハイディ ハイディ
そうだ、これは…まるであのミニー・ザ・ムーチャ…。ああ、レスポンスも聞こえる。客が叫んでいる。
そろそろ奴らも、出てくるはずなんだ。
スワロウ・テールをひるがえし、フェイアードとハロルド…あの、ニコラス兄弟が。アステアが焦がれたジャンピン・ジャイヴを。
キャブが身をよじる
ウゥー 可哀想なオレのミン。
なんて音だ…。
叫ばずにはいられない。
どこからか、真っ白なゴーストたちもあらわれた。そいつらはこぶしで何度も、何度も、自分たちの胸をたたきながら歌いはじめる。
Kick the gong around…!
ああ、蹴りまわせ。
ジャイヴだ。
ハイになるんだ。
ドゥクン
心臓が震える。
このゴーストたちは…調査船の連中にどこか似ている。ヒロも、ニックも、トニーも…フラニーとキャルも。彼らは胸をうち、オレを取りかこんでこういう。
ーーああ、ブレイズ、感じるかい? このハート・ビートを。
世界が鼓動している。
ああ…くるよ、ポケットに。くらくらする。
なんて音なんだ。
そう踊る時間だ。”ラバー” のように歩き、飛び跳ねて回るんだ。ゴーストたちは手をたたいて大はしゃぎ。
ーーいいぞ、ブレイザー!その調子だ。向こうから兄弟もやってくるぞ…!
ハイディ ハイディ ハイディ
大合唱と嵐のようなクラップ。
キャブもまだ歌っている。
ウゥー ミニーの心臓は、クジラみたいにデカいんだ。
ドゥクン
また心臓がとび跳ねる。
ーーブレイザー、みろよ、空飛ぶニコラス兄弟の、稲妻のようなリープフロッグを!
ああ、そうなんだ…!
アステアみたいな明るい世界じゃなくても、フェイアードとハロルドはまぶしく輝いてた。
ガキのころ、あの猛烈なフラッシュを踊ってみたんだ。でも爪先の骨がポキンと折れてオレは大泣き。
ゴーストたちはぴょんぴょん飛びあがって大喜び。
ーーいいなそれは。最高じゃないか…!なあ、なあブレイザー、いま”ポキン”ときてもまだパーティから抜けるなよ。
おお ハイディ ハイディ…!
なんて気のいいヤツらなんだ。
じゃあ、ボウルになみなみと、とんでもなく酔っぱらう特別なパンチを!
ーーそれで、きまりだ…!
ゴーストたちは歓声をあげてブンブン飛びまわり、ルビー色の酒をまき散らし、オレを囲んで高くかつぎあげた。
ーーさあ、パレードだ。
ドゥクン
あたり一面、
なんて眩しいんだ。
ああ、ハイディ ホーゥ
赤くにじんだ視界の先に、長い牙をつきだした海獣のような男がみえる。
あれはキャブのステップだ。そうだ、バックスライドはむかし…“ザ・バズ” と呼ばれていたんだ。そいつはセカンド・ラインの先頭で首をスウィングさせ、その後ろに、トランペットやチューバ、トロンボーン、シンバル…ドラムが空気を揺らしている。
ドゥクン
ああ、むこうからくるよ。
熱く煮えたぎる球が、
オレを抱きしめに。
空飛ぶ兄弟がパレードに追いついて両脇からスタンと飛びのり
フェイアードがオレの右手を、ハロルドが左手を握ってこういう。
ーーさあミスター、そろそろ
ホーゥゥ
ああ、いいよ。
ちょうど心臓が溶けてるところさ。
もうそろそろ、
マルディグラだよ。
***
太陽にぽっかりと巨大な穴があいた。そこから死神のような太陽フレアが放たれた。
その恐るべきプラズマの奔流は土星のガスをはげしくゆさぶり、そのたけり狂う磁気嵐がタイタンに流れ込み、巨人族の星は無数のオーロラで輝いていた。
タイタン近く、土星の軌道上にいた調査船リング・ハーベスター号のエンジン炉は、吹きすさぶ嵐にシェイクされて暴走。乗組員たちは広がる熱球の中で気化していった。
その船外、ポッド内でプラズマアナライザーのデータを可聴周波数に変えて記録していたブレイズも、母船と一緒にふき飛ばされ熱に溶けていった。
ルビーやサファイアのプラズマは狂ったように歌い、死にゆくブレイザーの心臓は最後の瞬間、4ビートで彼を祝福した。
もちろん、はじまりのカウントは4から。
そういうものなんだ。
文字数:1945
内容に関するアピール
「美しい」で浮かんだのが「音楽であちら側へ行ってしまう瞬間」だったので、太陽風が狂ったように死の歌をうたう物語にしました。NASAが公表した「太陽や地球の歌」から着想したものです。
嵐のようなプラズマや放射線を浴びたことで「脳内プラズマ様エネルギー」が乱れて幻覚が。
死にゆく主人公の最後の数秒にキャブ・キャロウェイの不思議な歌が流れ込みます。オーロラの「カチカチ、ブュィンブュィン」うねるリズムが、記憶と重なり合ったのです。
タイトルは、歌にあるスラングKick the gong aroundから。
ゴーストは、ひと足先に気化した調査船乗組員たちの残留思念か、主人公の追憶か、という感じです。
このところ、ジャズエイジ風のダンスが流行りはじめたので、こんな未来も…。
昔々、70年代のディスコで浴びた黒人音楽の衝撃や、ベース演奏中に感じる躍動感を文字にしてみました。
文字数:377


