梗 概
反AI的生命の苦悩
「あなたは本当にあなたの意識で私を愛してるの?」
心の底から、そうだ、と言いたいがSは、その答えがなぜか口から出なかった。どこか心の底が抜けたような不安になって、ただ、深い井戸に落ちていくような暗い気持ちになっていった。
人間のあらゆる組織が生物学的に解明された時代。義手、義足をはじめとして、人間はほぼほぼあらゆる外傷から回復することが可能となった。そして、交通事故に遭い、耳から側頭部を損傷したSも、その科学の恩恵に預かることになった。
チタン性の代替頭蓋骨から、外耳から内耳に至るまでの再生手術は神経チップやら有機ナノファイバーを組み合わせ、聴覚は回復した。病室で起き上がったSに対する彼女の叫び声とも言える喜びは、まさに福音だった。問題は、この人体生成技術は完璧じゃなかったことだ。
神経系を構成するチップに、予測していなかったAIエージェントが混じっていたというのだった。このAIエージェントは、この聴覚の一部のみならず脳ニューロン全体と繋がることが可能な上、外部との接続も可能なインターフェースであった。それはいつだってSが誰かの操り人形のようにプログラムされた通りのふるまいをする可能性があることを意味する。そして、Sは決まった受け答えをしてしまったり、どこかAIのようなふるまいをすることが増えてきた。もちろんだが、本人にはそんな自己認識は全くない。だが、自分自身がAIでないと説明できなければ社会復帰は望めなくなってしまった。それは当時の恋人にも同じだった。
事故からどこか冷たくなったと恋人に言われたSは、意識を、AIに乗っ取られたのじゃないかと考え始める。疑心暗鬼になった彼女を説得させたくて、Sは自問自答を繰り返す。俺はAIじゃない・・・しかし、その問答すらプログラムじゃないかと、自分自身が疑心暗鬼になっていく・・・。こんなに怒れるのなら、俺は人間なはずだ。いや、それもプログラムに過ぎないのか・・・。
彼女と約束した日がやってきたが、何も説明ができなかったS。その悲しみから、人として生きられないならば死んだっていい、そうして首をくくって、自らの生を終わらせる。刹那、苦しみの奥に、自分の心に何か悲しみのようなものが押し寄せる。これが生への渇望という人間の源だったのかと悔やんだが、すでに遅かった。
「まだ底がみえませんね」
自殺防止プログラム生成と書かれたファイルの1ページに大きな×が書かれる。冷凍庫から出てきた棺桶の中から、また1つ、人間のような形の何かが運び出されて行った。
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内容に関するアピール
人間が人間であることのチューリングテストは昨今のAIだとすでにクリアされてしまっています。人間が人間であることの証明なんて、もはや自分が信じられるかどうかでしかないのではないか。
逆に、AIがAIであることのテストはあるとしたら、どのようなものか。アルゴリズム、学習、コード、など色々な要素が考えられますが、それらは逆に人間がクリアしてしまいそうです。
逆にAI(or人間)でない、と主張することは可能なのか。しかし、そう言えたとしても、結論じぶんが人間だと証明できるわけではない。そういった堂々巡りの思考から脱出することはできるのか、という疑問をベースに構成してみました。
文字数:285




