ユーレイ・オブ・カガリ

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梗 概

ユーレイ・オブ・カガリ

夜の住宅街を二人の少女が歩いている。一人は牧野ユカ。もう一人の金城火狩かがりはユカの同級生だが、本人はこの前の日に亡くなっており、この場にいるのは「ゴーストプロトコル」という試作アプリによってユカの認知上に生成された火狩の<ユーレイ>である。それは大気中の生体痕跡から組み上げた不安定な存在であり、姿は朧げで、寿命も今日の夜中までしかない。

二人は、この日から始まる<スカイシネマ>の「レイブン・キッド」の上映開始地点を目指している。スカイシネマは、俳優の超人的な身体能力とオールドスタイルな特殊効果を駆使した物語を、実際の都市を舞台に数ヶ月間に渡って展開する参加型エンタテイメント。一時は廃れたが、ここ数年ヴァーチャル上の創作物に飽きた若者を中心に流行の兆しを見せている。
 ユカは人格造形師を志望していて、火狩は祭に類するものは何でも好きだから、そして何より学校も親もスカイシネマへの参加を禁止していたから、二人は何ヶ月も前からこの日のために準備してきた。今日が二人で過ごす最後の一日でも予定は変更しなかった。

道中、ユカは遺体をスキャンしてヴァーチャル上に人格複製する——それにより寿命の心配がなくなる——ヴァーチャゴーストへの移行を火狩に促すが火狩はふざけて取り合わない。ユカは火狩の気持ちが理解できない。
 廃ビルの屋上にたどり着く二人。ユカは食い下がり、火狩が複製を拒む理由を問いただす。
「それはね——」
 爆音が火狩の言葉をさえぎり、「レイブン・キッド」の上演が始まる。空から落ちてきた鴉の翼を持つ少年が、彼を追ってきた怪物——に見立てて装飾されたドローン——と戦いを繰り広げる。
 人々を守るために異形と戦ってきたキッドが、彼の強大な力を恐れた人々自身が生み出した怪物に追われ、とある街に逃げ込む。この導入だけが「レイブン・キッド」の参加者に伝えられている。以後の内容は現場の流れで決まる。参加者の介入によって展開が変わることもある。最悪の場合、初日でキッドが敗北して終幕も有り得る。そして、ユカと火狩はもちろん、自分たちの手で物語を完璧なハッピーエンドへと導くことを目指していた。加えてユカは、火狩が物語の続きを観るために複製を承諾することを目論む。

オープニングの戦闘後、二人は用意した資料とソーシャル上の他参加者の情報を頼りにキッドを追跡、負傷して墜落したキッドとの接触に成功する。二人による応急処置と周辺の地形情報を得たキッドは怪物達への奇襲に成功。「レイブン・キッド」初日は無事に幕を閉じる。

ユカは、キッド追跡と救助の過程でスカイシネマが持つ「見立ての表現」が持つリアリティに衝撃を受ける。一日の終わり、消える前に火狩はユカに人格移植の許可を出す。しかしユカはこの数時間で火狩が移植を拒む気持ちを理解してしまった。ユカは消え去った火狩に向かって別れを告げる。

文字数:1188

内容に関するアピール

リアリティを感じる範囲で最大限楽しい未来を想像しました。その世界の中で二人の主人公にとって忘れられない夜を描けたら、と考えています。過去の情報が再現する幽霊、物語が創造するリアリティと接する中で、ユカが友人にさよならを言う方法を見つけてくれたら幸いです。

梗概で触れられなかった設定も少し記載します。

  • ホタルクモ
    都市インフラとして大気中に充満する調整微生物群。環境と街と人を緩衝し共生を促す。<ユーレイ>も、ホタルクモに残った痕跡から生成される。
  • 械人かいじん
    遺伝子改造により強靭な肉体と機械インプラントへの高い適性を持った新人類。その多くが額にカルシウムとケラチンで形成される突起を持つ。スカイシネマの俳優の九割はこの人たち。現生人類と子を成せない彼らは遺伝子プールの大きさが生存可能ラインに達しておらず、数世代のうちに絶滅する考えられている。

文字数:373

課題提出者一覧