引退勧告を受けた日、西洲はいつもの道を使わず、回り道を何度も経由してからようやく自宅に辿り着いた。気づけばそうしていたのだが、試合に負けた日いがいでその行動をするのは初めてのことだった。
玄関の前に立つと照明は自動で点き、すぐに消えた。認証が完了したことを示す簡潔な光だった。長いこと使い続けてきた家だが、入ると空気がごそっとかわったように錯覚して、自分とは縁のない、どこか遠い土地に急に放たれたような気分になった。それを拒む気にはなれなかった。
リビングには誰もいなかった。彼には妻と二人の子供がいるが、全員がプロスポーツ選手の肩書きをとっていらい、ここに揃っていた記憶はいつのものだったか思い出せない。
壁面には、過去の成績や表彰を保存した記録層がいっぱいにある。だが彼はそれを起動しなかった。数字は知っている。知らない数字はもう残っていない。ソファに腰を下ろした。深いため息をつく。足裏に伝わる床の感触に、特におかしいところはなかった。身体は何も失っていない。ただ、身体の外側にあった何かが、戻らない場所へ行ってしまったような遠さがそこにあった。
西洲が球団から事務所にきてほしいという連絡を受け取ったのは今朝のことで、次のシーズンに臨む自主トレーニングの計画を固める直前だった。いますぐに、と急かされたためトレーナーとの打ち合わせを途中でうちきってやってきたのだが、応接室に通されると球団オーナーとその秘書に加え彼のチームの監督がいた。雰囲気が明らかに違っていたが、状況がいまいちのみこめなかった。どうしました、そんな改まって、契約更改は終わったばかりですよね。そう西洲が冗談めいた声色で話しても彼らにはまったくそう受け取ってもらえず、その代わりに契約破棄の旨をはっきりと伝えられた。リーグ機構からの要請で、引退だという。
投影文書が展開されるまでの数秒間、誰も口を開かなかった。オーナーはテーブルの縁を指でなぞり、監督は視線を落としたままだった。その沈黙のほうが、言葉よりも状況をはっきり伝えていた。西洲はわけもわからなかった。目の前に浮かび上がったホログラム・ドキュメントに記されたテキストを一瞥すると、すぐに秘書が切り出した。
引退の理由はじつに明確だった。
リーグ機構から流された戦術多様性評価システムの分析結果によると、リーグ全体における戦術的判断の分布が、彼の存在によって過度に収束しているらしい。つまり、彼のプレーは合理的で、完成度が高く、再現性に富みすぎている、ということだった。彼のプレーを見習うだけで試合を有利に運ぶ可能性が高まる。それがしめて六五〇〇シーズンものあいだ、数万回の試行として積み重なっていたのだ。これ以上は競技そのものが硬直していく。そのことに憂いたリーグは協議の末、彼の引退を取り決めた。
正しさが積み重なるほど、別の選択肢は選ばれにくくなる。そのような理路で説明されると、彼には反論の言葉が見つからなかった。長寿の時代において、一つの完成形が何千年も温存される危険性について、彼自身も考えたことがなかったわけではない。野球というスポーツの変革の時宜を得たのだろう。だが、それでも想像していたよりも激しく心臓が早鐘をうっていた。それははっきりした表象で訪れない、怒りや、安堵や、喪失感だった。何かが終わったという事実だけが、確かめようもなくそこに残っている。
引退勧告に対する合意の意思を西洲はオーナーたちに伝えたのは多少の逡巡はあったとはいえ今後の人生を変える決断にしては早い方だった。オーナーから簡単な労いの言葉だけが返ってきてその場はお開きとなり、監督はしゅうし顔を伏せたままだった。
そういうわけで、こんな時間までふらふらしていたわけだった。
通知端末を確認すると、簡潔なメッセージがいくつか届いていた。その趣旨の全ては彼の引退を受けてのことだった。オーナーの言葉どおりで、報道はすぐにされたらしい。
長年にわたる貢献に感謝。
量子時代の野球を代表する名選手。
どれもありふれた表現だった。言葉は丁寧で、過不足がなく、六五〇〇シーズンという時間をきれいにまとめ上げていた。彼が球界を去る離愁を嘆くウェットな感情も少なからずあったが、その多くは定型的で、社交辞令に富んでいて、過去の功績を要約した文言に過ぎなかった。六五〇〇という数字は、驚きを喚起するための修辞として使われているだけで、その時間の重さについて触れるものは少なかった。
彼が過ごした年月は、観客にとっては圧縮されたものだった。試合はすべて見られるわけではなく、重要な局面だけが抜き出され、整理され、保存される。西洲自身も、それを否定したことはない。そうしたほうが、野球は理解しやすくなる。試合はすべてを見せるものではない。重要な局面だけを抽出し、整理し、保存する。そのほうが分かりやすいし、正確でもある。途方も無い現役生活も、同じように扱われていた。切り分けられ、要約され、現在の価値に変換される。
そこに含まれなかったものが何だったのかは彼自身も正確に表すことはできなかった。
一方的な契約解除のため、その違約金はリーグ機構から支払われた。西洲のケースをうけて急遽、規定を改定したらしい。プレーに関わるルール改正の検討はいつも遅いくせに、こういったところはやたらスピード感がある。とにかく向こう数百年は働かずに済むような金額を受領し、その申告のために今までは外注していた税務的、事務的な手続きに追われることとなった。表示された金額を見ても、実感は湧かなかった。署名を求められるたびに指を動かしながら、西洲はそれが自分の時間と引き換えに提示されたものだという事実を、正直なところいまいち実感できなかった。
時間の使い方が定まらないまま、数日が過ぎた。次の予定を立てようとして端末を開き、何も入力せずに閉じる。その繰り返しの中で、気づけば新しいシーズンが始まっていた。西洲は自宅で中継されている試合を眺めていた。特別な理由があったわけではない。今やいつもの時間帯に、いつものように画面が点いていただけだ。
映像は洗練されていた。複数のカメラが切り替わり、守備位置や走者の状況が即座に補足情報として表示される。打席に立つ選手の過去の傾向や、直近の判断傾向も整理されていた。それこそが娯楽の対象である。
しかし、見ているはずなのに、身体は反応しなかった。あの場に立っていた頃といえばいざ知らず、無意識に呼吸が変わる局面だとしても、心拍は一定のままだった。
解説者の声は落ち着いていた。
「安定していますね」「逸脱が少ない」「選手の中で選択肢がよく整理されています」
解説は感情を煽らず、判断の妥当性だけを丁寧に確認していく。そして勝敗について触れられることはあってもそれが強調されることはなかった。
西洲はその語彙に聞き覚えがあった。
かつて自分自身が、同じ言葉で評価されてきたからだ。模範的で無駄がない。合理的で、完成度が高く、再現性に富んでいる。
それらは賞賛であり、同時に確認でもあった。
試合は滞りなく進行し、特筆すべき場面もないまま終盤に入った。映像は要点だけを拾い、余分な時間を省いている。観客の姿はほとんど映らない──そもそも現地にいないのだ。スタンドの反応は、数値として処理されるだけで、歓声やざわめきは、必要な情報として処理されるときにだけ適宜、挿入されている。むろんいつもの光景である。
理解できない部分は何一つない。それでも、どこかで引っかかる感覚だけが、うまく言葉にならないまま残っていた。
試合後に表示されるのは、勝敗よりも先に評価指標だった。判断の一貫性、選択肢の偏り、局面ごとのプレーの最適化指数。それらがエンドロールのように流れている。見慣れた数字だ。セイバーメイトリクスという別の評価軸もあったりしたが、スポーツとしての属人性を強めるとしていつからか陳腐化していった。
観客の反応も同様に集計され、要約されていた。たとえば試合内容に対する理解度、予測の的中率、判断への納得度。そこに個々の声が差し込まれることはない。データベースだけがそこにあり、その楽しみは個人間に委ねられている。あるのは、答え合わせという事実だけで、誰が見られていることはなかった。
西洲は現役時代、こうした扱われ方に疑問をもったことはなかった。選手になる前、ファンだった立場のころの朧げな記憶を辿っても、この楽しみ方が主流だった筈だ。自分のプレーがどのように編集されるかも理解していたしそこに反発してきたことはない。むしろ、編集されやすいように無駄を削ぎ、判断を明確にしてきたことによって、明快な面白みが生じたのも事実だ。
しかし画面に映る試合を眺めていると、西洲はわずかな違和感を覚えていた。逆に予想がちがったとき、どこが間違っているのかは分からなかった。説明を求められても、否定する理由は見つからない。それでも、すべてが整いすぎているように感じられた。ふと、過去の打席の感触がよみがえりかける。一死満塁、カウントが深くなった場面だったかもしれない。どの球種を待つか決めきれず、ほんの一瞬だけ視線が揺れた。その迷いが結果に影響したかどうかは、もう覚えていない。
だが、そうした時間は記録に残らない。編集の過程で削ぎ落とされ、評価の対象から外れてきたのだ。
それらが失われたことを、彼は惜しいとも、間違っているとも言えなかった。俺がこんなことをどれほど憶えていようと、それは切り取られるべき過剰な情報なんだから。ただ、自分が六五〇〇年と費やしてきたはずの時間の中には、いまの競技には含まれていない何かがあるように思えた。
正しく、静かで、どこにも引っかかりのない競技。画面の向こうで進行しているそれを見つめながら、西洲はその違和感に名前を与えることができないままでいた。
西洲のもとにある連絡が届いたのは、引退からしばらく経ってからだった。時期としては、シーズンが落ち着き、順位表がようやく固まりはじめた頃だった。
その差出人とは古巣の球団からだった。件名だけではどんな内容なのかは判別がつかない。だが、その雰囲気から読まなければならない種類の連絡だということだけはなんとなく感じ取った
文面にはコーチ就任についての提案が落としこまれていた。
いや、コーチというよりもアドバイザーというべき立場だろうか。現場に常駐する形ではなく、判断補助を主とした役割で、若手選手のプレー選択に関する助言、戦術的判断の整理、試合後のレビューへの同席。おそらくそのような業務内容がお堅い名称から推測できた。そして、いずれも、最終決定権を持たない立場での関与だと説明されていた。
戦術多様性評価システムへの配慮も、あらかじめ明文化されていた。チームは西洲の件について諦念しつつもどこかで現場に戻ってきてくれることを熱望し、そうなるようにいくつか画策していたのだ。彼の経験が、判断の分布を再び収束させないよう、関与の範囲は限定される。彼の助言は選択肢の提示にとどめられ、正解を示すことは求められない。
条件は合理的で、配慮も行き届いている。彼が排除された理由と、再び呼び戻される理由が、同じ理屈の延長線に並んでいた。
最後に、あなたの引退という球界の損失をどうにか補償したいのです──といった追伸が添えられていた。
西洲は即答はしなかった。受ける理由がない。もはや野球に未練はもうなく、生活に困っているわけではない。引退に伴う違約金で、向こう数百年は働かないでゆっくしていたかった。名誉や影響力を求めているわけでもない。まして、現役復帰の可能性が示唆されているわけでもなかった。しかし断る理由もなかった。何個か考えてみたりもしたがそれも自明で無謬なものではなく、それを潰していたら、まあ、戻ってもいいか、と思い至ってしまう。もしかすると球団はそのような理路を周到に用意していたのかもしれない。
いずれにせよ、そういった打診は彼が六五〇〇シーズンを過ごしてきた時間の延長線上に、無理なく置かれている。競技の外に立つよりも、少し内側に戻るほうが、かえって負荷が少ないように感じられた。
返答期限を確認し、西洲は端末を閉じた。先延ばしにしたまま、数日が過ぎた。期限が近づくと端末が一度だけ注意喚起を表示したが、急かすような文面ではなかった。決定は本人に委ねられている、という体裁だった。答えはまだ出していない。
「この度は私共のオファーに応じていただき、本当に光栄に思います」
じつに百年ぶりの球団事務所で、三人で面会するにはいささか広すぎる会議室にオーナーはそんな声を響かせた。いやはや、と調子づかせた語尾は契約更改のたび耳にして、西洲はいらつかない時はなかったが、現場からいちど離れたあとだと少しだけ聞こえ方が違った。
卓上に投影文書が展開される。
内容は簡潔だった。役職名、関与範囲、契約期間。いずれも、最終決定権を持たない立場であることが明記されている。これは事前の連絡のとおり。判断の補助、選択肢の整理、レビューへの同席──助言はあくまで助言であり、正解を示すことは求められないと、遠回しに釘をさしている。いや、これは機構に対しての釘かもしれない。
読み合わせながら、西洲は思った。これがこの競技の現在形なのだろう。量子時代の娯楽を前提から覆さないための工夫、ペナルティをうまく回避するために心血を注ぐことで処世術としてよりよいものとなる。こんな形に落としこむまで、彼らも彼らなりの時間を使ったのだろう。
「私のアドバイスが意図せずに──いわゆる正解の選択肢に触れていた場合はどうなるのですか」
西洲は形式ばった言葉遣いで質問を投げかけた。不可抗力について触れるのは痛いところだろうと考えたゆえんの質問だ。案の定、オーナーも監督も黙り込んでしまった。西洲の視界には明確に潮目が変わったように思えた。
声が喉元まで出かかると、秘書が代わって答えた。
「もちろん、最終判断は現場──選手本人に委ねられますよ。ただ黙認される可能性がたかいでしょう」
「黙認?」
「我々は、あなたが関与したと見なされる線引きを定義しました。この半世紀、機構とやりとりしました。そのなかで戦術多様性評価システムの評価軸を考察してきました。できるだけ厳密に、これ以上ないほどに精度よく」
「そんなこと、できるんですか。あれはブラックボックスでしょう」
なかば鼻が白む思いだった。秘書は続ける。
「どれほどやっても推測の域はでないでしょう。が、推測にも程度があります。私たちは徹底的にやりました。これも全て、西洲さんが球界に戻っていただきたいという一心でやっていきました」
眉に力がこもっていたのを自覚した。頭の中で彼らの執念にたいして敬意を持った。納得して頷くと、秘書は淡々と文書を説明し、最後に署名欄が表示された。
西洲は頷いた。署名欄に指を置き、認証が完了する。オーナーはありがとうございます、とトーンを一段階上げて放ち、監督は最後まで視線を上げなかった。
西洲はホログラムを閉じ退室した。その場で何かを決めたという感触は、ほとんど残らなかった。
施設の認証は問題なく通った。
顔をかざすと、入口の照明が簡潔に点き、すぐに消えた。自宅の玄関と同じ種類の光だった。認証が完了したことだけを知らせる寂然とした合図とともに扉が自動でひらいた。
その日の昼から早速、チームに合流するというながれとなった。オン・ボーディングによる案内は短かった。監督がかるく説明しただけで、すぐに移動した。廊下の壁面には当日のメニューが表示され、関係者の動線が矢印で整理されている。西洲の名前も、その中の一つとして並んでいた。役職の欄には余計な装飾のない、文字で『フロント付・テクニカルアドバイサー』とだけある。
会議室に通される前に、監督が一度だけこちらを振り向いた。
「今日は短い。レビューの補助だけお願いします」
言い方は丁寧だったが、歓迎ではなかった。確認だった。西洲は頷き、返事の代わりに端末を開いた。
部屋は小さかった。机と椅子と投影端末が整然と並び、壁面のモニターには参加者の役割が淡々と表示されている。そこにいるのは監督と、分析担当のスタッフ、それから若手選手が数名いた。西洲が入ると、彼らは一瞬だけ視線を上げ、かるく挨拶すると、すぐに画面へ戻った。名選手の帰還としての反応ではまずなかった。なかには彼が目にかけた選手も着席していたが感動的なざわめきはない。彼は、手順の一部としてそこに組み込まれるのだと、そういった感覚がした。
スタッフが投影したのは、いま出席している選手の直近数シーズンのプレー判断の履歴だった。
局面ごとの選択肢。その選択肢ごとの期待値。結果の偏り。修正の履歴。文字と図形が、滑らかに切り替わっていく。西洲が現役だったころにも似た表示はあったが、いまのそれは当時よりも整理の粒度が細かい。迷いが入り込む隙を最初からふいでいるように。
「この状況を、どう整理しますか」
監督が話をふる。
西洲は一拍置いた。正解を言わない。選択肢を提示する。会議室で署名した条項が、もう現場の言葉として生きたものになる。これから話すことが、彼らの思考にどのような作用があるのだろうか。
「しょうじき、今あるもので十分だと思います」
「絞らないんですか」
「条件が一つ増えたら、ですね。いまは増えていない」
フィールドへ移る。
試合開始前の球場で練習は行われていた。打撃ケージの前で、選手たちが順番にバットを握る。おそらくスターティング・メンバーの面々だ。フォームはきれいで無駄がない。それは当たり前のこと。しかし、彼らがより洗練された印象がある。バッティングピッチャーが投げる球が来る前に、身体がすでに答えを知っているようだった。振り遅れはまずないわけだが、ケージ脇のホログラムに、複素ベクトルのグラフが淡色に揺れている。投球が十八・四四メートルを移動するフレームごとに球の次の所在の確率分布があった。打球が予想と外れたときの修正は、次の一球で完了する。失敗の時間が短い。失敗が残らない。
西洲は、その速さを否定できなかった。かつて自分が評価されてきた言葉が、そのまま若い身体に当てはまる。むしろ彼らは、自分より早くその地点に到達しているように見えた。
ただ一つだけ、引っかかるものがあった。
彼らの動きには、ためらいの痕跡がない。判断が揺れる瞬間が、最初から存在しないかのようだった。打席に立つ前の、ほんの僅かな沈黙。目線が泳ぐ時間。呼吸が一瞬だけ乱れる気配。そういうものが、どこにも現れない。
そのことを口にする言葉や理由について、西洲はまったく持ちあわせていなかった。
だから彼は、その日はいちばん無難な仕事だけをした。選択肢を並べ、言葉を整え、判断を整理する。若手はそれを受け取り、すぐに自分のものにしていく。
セッションの終わりに、モニターの表示が更新された。
改善された点が箇条書きで追加され、達成率が示される。そこに、西洲が何をしたかは残らない。システムが何を得たかだけが、淡々と保存される。気になる項目を端末で開こうとすると閲覧権限が付与されていないことを表す、灰色に画面が染まった。
西洲は椅子に腰を下ろし、画面を一瞥する。自分がここにいることで、何かが少しずつ減っている気がした。
西洲がテクニカルアドバイザーの任を解かれるまでにいたった出来事の連続は、まるで山が地すべりをおこすような独特の緩慢さと激しさがあった。あとから思えば、あの違和感には、はっきりした始まりがあったわけではなかった。契約を受けた瞬間だったかもしれないし、オファーの連絡を寄越された時かもしれない。もしかして気づいたときには、すでにそういう状態になっていたのかもしれない。理由を探そうとすると、どれも決定打にはならず、結局はそういう順番だったとしか言えなかった。
現場に合流してからいくつもの日程を重ねた。ルーティンは規則正しく、整理された業務をこなしていた。端末に表示されるスケジュールは常に更新され、彼の役割もその中に含まれていた。文字としてはきちんとそこにある。最初の二〇〇シーズンはそういった感じでやりすごせてきた。
だが、何かが少しずつずれていた。
最初は明確に説明できるほどのものではない。挨拶のタイミングが一拍遅れるとか自分が関与している話題なのに、自分を経由しなくても話が進んでいくとか、そういう細部の話だ。ひとつひとつを取り出せば些細で、気にするほどのことではない。
ただ、積み重なると形になる。
ある日、西洲は自分が呼ばれていない時間が増えていることに気づいた。呼ばれないというより、呼ぶ必要がなくなっている、と言ったほうが近かった。
助言を求められる場面は減っていない。
むしろ、質問の数は一定だった。だが、その内容の質は変わっていた。判断の可否ではなく確認に近い。選択肢の提示ではなく整合性の確認。自分の言葉が新しい判断を生むためではなく、すでにある流れを補強するために使われている。
そのことを、誰かが明言したわけではない。
契約書にも、会議の議事録にも、そうした文言は残らない。ただ、現場の作法として、少しずつ定着していった。
いま思えば、あのとき西洲は、まだ楽観していたのかもしれない。
必要とされている限り、役割は残る。そういう考え方を、長いあいだ疑わずに生きてきた。だが、ここで必要とされているのは『自分』というよりも、判断を補償する存在だった。あらかじめ整備された判断フローにお墨付きを与える存在。そのことに気づくまでには、もう少し時間が必要だった。
開始時刻が前倒しされた理由は端末に表示されていたが、西洲はそれを確認しなかった。施設に入った時点で、すでにいくつかの作業が進行しているのが見えたからだ。会議室の前を通り過ぎると、扉は閉じられていた。
中の様子は分からない。ガラスは曇っていないが、映像投影が行われていない時間帯だった。表示されているのは、進行中のセッション名と、参加者の一覧だけだ。その中に、西洲の名前はなかった。
一瞬だけ立ち止まり、すぐに歩き出す。見間違いではない。だが、呼ばれていない以上、そこに留まる理由もなかった。フィールドでは、すでに若手が準備を進めていた。監督が視線に気づき、軽く手を挙げる。
「今日は、こちらで回します」
それだけだった。声色はいつもどおりで、そこに含意はない。少なくとも、責めるような調子ではなかった。
「分かりました」
西洲はそう返し、端末を開いた。表示されるのは、閲覧可能な項目だけだった。詳細なログは、相変わらず灰色のままだ。昨日と同じ状態。新しく制限されたわけではない。ただ、解除されてもいない。
すると、若手の一人が近づいてくる。
「さっきの確認なんですけど」
問いは短く、具体的だった。すでに選択肢は整理されていて、西洲に求められているのは、その並びに矛盾がないかどうかだけだった。
「そのままでいいと思います」
西洲は一拍置いて答える。
「前提条件が一転しなければ、ですね」
若手は頷き、すぐに戻っていった。要件はそれで終わりらしい。感謝の言葉も、追加の質問もない。西洲の答えは確認として処理され、流れの中に吸収されていく。
少し離れた場所で、別のスタッフが判断をまとめている。
西洲はそれを横目で見ながら、口を挟まなかった。挟む理由が見つからなかった。自分がいなくても、作業は滞りなく進んでいる。
監督が再びこちらを見る。
「何かあれば、声をかけるので」
それは配慮だった。だが同時に、境界線を設置でもあった。必要になったときだけ、呼ぶ。そういう位置に、自分はいま置かれている。
西洲は頷いた。
その動作に、抵抗はなかった。反論すべき論点も、主張すべき役割も見当たらない。契約書に書かれていた通りの振る舞いを、現場がそのまま実行しているだけだ。
フィールドでは、試合前の練習が続いている。判断は早く、修正は即時に行われる。迷いは見えない。
助言を求められないわけではない。ただ、助言がなくても進む時間が、確実に増えていた。
その試合は、特別な位置づけを与えられていたわけではなかった。
シーズン中盤の、よくあるカードの一つ。順位表に影響はあるが、決定的な分水嶺というほどでもない。西洲も、いつもどおりフィールドの端で状況を見ていた。
九回裏、二死満塁。
スコアは一点差で負けている。打者は監督が代打を送った。その試合でもっとも期待値の高い若手だった。直近のデータも良好で判断の揺れは少ない。誰が見てもここは勝負の局面だった。
相手ベンチが動いたのは、その直後だった。
投手交代ではない。守備位置の調整でもない。
申告敬遠。つまり意図的に四球を与え、打者を一塁に歩かせる。それも、次の打者も含めて、相手の監督はそう言い放ったのだ。
一瞬、球場の空気が止まった。
スタンドの反応は、遅れて数値として処理される。驚き、困惑が先行し、それが合理的な判断だと納得するまでに要した長大な時間が、そのままグラフに反映されていた。
これにより西洲のチームが勝利を収めた。奇妙なサヨナラ勝ちだった。勝敗だけを見れば問題はない。事務所の一室で行われた試合後のレビューで、西洲は違和感を拭えずにいた。
申告敬遠そのものではない。あの判断が、あまりにも整いすぎていたこと。勝負どころにあったはずの緊張が、手続きとして処理されてしまった感覚。
「どう思いますか」
背広組の一人が、レビューの終わりにそう尋ねた。西洲は一拍置いた。
「勝った試合でした」まず、事実を確認する。
「でしょうな。結果だけみたら」と返ってくる。
「ただ──」言葉を探す。「あれで、何かが閉じなかった気がします」
男は首を傾げた。理解できないという反応ではない。ただ、判断の座標が見つからない、という表情だった。
その後のカードで、異変ははっきりと表れた。同じ相手に、勝てなくなったのだ。大敗するわけではない。接戦が続き、僅差で落とす。判断の精度は保たれている。修正も迅速だった。それでも、結果だけがついてこない。
分析担当は思案投げ首の様子だった。
判断の分布に大きな偏りはない。選択肢は十分に広がっている。どの数値を見ても、明確な失策は見当たらなかった。
「原因が、全く見つかりません。どうしましょう……」
あるレビューの席で、再び意見を求められたとき、西洲は否定もしなかった。ただ、あの申告敬遠の場面を思い出していた。
「あの申告敬遠。相手は、間違った判断をしていません」そう前置きしてから、続ける。「あれは……選択肢を減らすための選択だったと思います」
反論されると思ったら誰もしてこなかった。むしろ呆れられたのかもしれないと顔色を伺ったがそうでもない。ただ次の言葉を待っていた。
ここで言ってしまおうと、西洲は決意した。
「では、どうすればいいか。それは単純で、変数を増やせばいいだけの話です。言うなれば、選手たちに迷う時間を与えてほしい。それだけです」
その言葉はログには残らなかった。記録されたのは、自動で整理された要約だけとなった。
それ以降チームは選手の判断材料にさまざまな要素を盛り込んだ。投手が牽制をn回投げる確率。ランナー二、三塁の内野ゴロでバックホームせずに一塁ベースを踏んだ内野手が、その回の裏で逆転ホームランを打つ期待値。当然ながら選手たちは解釈に右往左往し、プレーにもほんの少しの迷いがでた。打席でど真ん中の直球を見逃し、コーチが回しても三塁で留まる選手もいた。ほんの一瞬、判断が遅れる。その遅れが、次の一球で消える前に、試合の空気がわずかに変わる。
それがいい工夫になった。シーズン終盤にようやく結実し、チームに破竹の勢いをもたらした。あの申告敬遠いこう、勝てなかったチームにもなんとか勝利をもぎとり、シーズンはそのチーム次ぐリーグ二位でプレーオフに駒を進めることができた。
数日後に届いた通知には、戦術多様性評価システムによる臨時レビューの内容が記されていた。判断分布の異常検知。収束傾向の再評価。
理由の欄は、空白のままだった。
西洲は、その画面を見つめながら思った。
あの場面で起きたことは、勝敗でも、判断でもなかった。ただ一度だけ、整理されなかった何かが、競技の中に残ったのだ。
翌朝には監督から呼び出された。短い文面だった。
練習開始前の十分。レビュー室。西洲の端末には『任意参加』と表示されていたが、任意のまま欠席できる種類の連絡ではなかった。
部屋は前と同じ小ささだった。
机に置かれている投影端末がひとつ増えている。そこに映るのは、球団のスタッフではなく、リーグ機構のインターフェースだった。顔は出ない。声も出ない。表示だけが淡々と更新される。
監督と分析担当が先に座っていた。
西洲が入ると、二人は一瞬だけ顔を上げ、すぐに画面へ戻った。歓迎でも拒絶でもない。手順の中の挨拶。
「昨日の通知、見ました?」
分析担当が尋ねた。西洲は頷く。投影に、今シーズンの試合の局面が切り出される。
九回裏、二死満塁。二度の申告敬遠。事はここから始まっている。
その後に続くカードの推移。僅差の敗戦が並ぶ。そこから突然、勝率が持ち直していく折れ線。折れ線の端に、小さな印が付いていた。印の名称は介入点と表示されている。
西洲は、その印の意味を言葉にしなかった。言葉にした途端、それが原因になる気がした。
「ここから、判断のばらつきが増えました」
分析担当が言う。
「収束が緩んだ。結果も改善した。数値だけ見れば、成功です」
その語彙が、場に馴染まないのを西洲は感じた。成功は、評価される側の言葉であって、いまここで問題になっているのは評価の形式そのものだった。
監督が手元の端末を一度だけ叩く。
画面が切り替わり、臨時レビューの追加文書が表示された。そこにも理由欄はない。代わりに、項目が増えている。
外因性変数の過度な導入
判断遅延の誘発
再現性の低下
責任所在の希薄化
言葉だけがただ整列している。
西洲が言った迷う時間という一文は、どこにもない。その代わりに、『リスク』という概念に翻訳されている。
「これ、機構が嫌うやつだ」
監督が短く言った。声は低い。怒りではない。あきらめに近い。分析担当が続ける。
「勝率が急激に上がったこと自体が、かえってまずい。説明できない改善は、システムにとっては異常です。ログが整わない。うちを含めた上位二チームにプレーオフ資格の精査を行うことにしたらしい」
西洲は端末を開き、昨日のレビュー記録を確認する。
そこには、自動生成された要約だけが残っていた。発言者の欄は空欄に近い。タイムスタンプはあるのに、言葉が抜け落ちている。自分が何を言ったのか、記録が証明しない。
それでも、折れ線の印は消えていない。
起きたことは残る。言ったことは残らない。
そのズレが、いま目の前の文書を成立させている。
「どうしたらいいんですか」
西洲は、久しぶりに質問をした。責める調子は一切なくし、ただ純粋な疑問として訊いた。監督は一拍置いてから、言った。
「戻す」
短すぎて意味が掴めない。すぐに分析担当が補った。
「変数を減らします。入力を元に戻す。判断遅延が出る要素は削る。迷いが残るような運用は、やめる。あなたの関与範囲も、いまの条項にくわえより厳密にします」
厳密に。
会議室で秘書が使った語彙が、ここで別の温度を帯びる。その厳密という言葉が意味するのは、正確さではなく、切断のことだった。
「西洲さんにお願いしたいのは、整理だけです」
分析担当は視線を外さずに言った。
「提案は不要です。必要ならこちらから聞きます」
今日も練習が始まる。
西洲はフィールドの端に立ち、いつものように動線の矢印を眺めた。自分の名前はそこにある。文字としてはきちんとある。だが、昨日まで自分が見ていた項目が今日は最初から表示されていない。
打撃ケージの前で若手がバットを握る。
フォームは相変わらず整っていた。だが一瞬だけ、彼の目線が泳いだ。呼吸が、ほんのわずかに乱れる。
西洲はそれを見てしまった。次の球で、その揺れは消えた。
ケージ脇のホログラムが淡く更新され、分布が滑らかに収束する。迷いは数値の外に押し出され、失敗と同じ速度で処理される。
若手は振り返り何か言いかけた。
だが西洲は言葉を返さなかった。返せる言葉を持っていなかった。
いま自分が口にすればその揺れは介入になる。折れ線に印が付く。理由欄の空白が、また増える。
だから彼は頷くだけにした。それは助言ではなく、やはり確認であり保証だった。
次のシーズンオフに、西洲は名ばかりであった『フロント付・テクニカルアドバイザー』の契約を満了とする連絡を受け取った。
──まずは、取材を受けていただきありがとうございます。
いえいえ、こちらこそ。この場を設けていただいたことにとても感謝しています。
──さて、この企画、球界が現在の体制となって一万年の節目となった記念として往年の名選手、関係者にお話を伺っていくものとなっていますが、まず西洲弍人さんのご経歴を伺います。量子暦三一九九年生まれ、大学を卒業する三〇〇歳のとき、その年のドラフト一巡目で指名。歴代最長となる六五〇〇年もの期間を選手としてご活躍され一身上の都合で引退。その後同チームの、えぇと、フロント付テクニカルアドバイザーに就任。そこで五〇〇シーズン過ごされました。占めて七千シーズンを球界に捧げた功労者でございます。その功績はリーグ公式にも記録されていますしみなさんの記憶にも刻まれていることでしょう。
功労者なんてほどでは……。
──ご謙遜ですね。では、引退の理由について伺ってもよろしいでしょうか。公式には「一身上の都合」とありますが。
そう記録されていますね。
──ご自身としてはどう感じられていますか。
手続き、ですかね。
──手続き。
やるべきことが決まった。そういった類のものでしょう。連絡をうけたのは急なことでしたが、えぇと、まぁ。きっと、それよりも前に私は選手としての役割はとじてしまったのでしょうね。
──なるほど。では、その後に同球団のフロント付・テクニカルアドバイザーとして五〇〇シーズン。現場に戻られた。これは、どのような経緯で。
それもまた急な連絡でしたね。
──そのとき、どう思われましたか。
とても合理的な内容でした。その後、顔を合わせましたが、その時のフロントの皆さんの熱量はとてつもないものでした。
──熱量とおっしゃいましたが、具体的にはどのようなことを?
西洲は首を振り黙った。覚えていないわけではない。だが口に出して仕舞えば、途端に別の誰かの言葉になる気がした。
──失礼しました。では、テクニカルアドバイザーとしては、主にどのようなお仕事を。
整理です。選択肢を並べる。言葉を整える。判断を短くする。
──ご自身の経験を伝える、というよりもそちらのほうに需要があったと。
ええ。伝える、と呼ばれるような言い方はしませんでしたし、できませんでした。求められたのは確認です。
──あの、失礼ながら……。テクニカルアドバイザーとしての任を解かれるまでに、象徴的な出来事があったと伺っています。
……。
──九回裏、満塁。二度の申告敬遠の件です。あの判断は、今では『量子時代の合理性の象徴』として語られることが多い。西洲さんは、あの局面をどう見ていましたか。
正しかったと思います。
──正しかった、と。結果論ではなく。
はい。間違っていない、という意味です。
──それでも、あの試合を契機にして、西洲さんのチームは調子が狂ったように思えます。
すごいですね。事細かに観ているんですね。
──ありがとうございます。実は私も野球をやっていたので。それで、その試合について何かご自身で違和感は感じられましたか。
ありました。最終的には勝ったのに、それで終わった気がしなかった
──終わった気がしなかった、というのは。
その言葉の通りです。それ以上のことは何も言えません。
──その後、チームは成績を上げていますよね。関係者によると、西洲さんの提言があったからといっています。しかし、結果としては、成功だったのでは。
成功、と言える形にされました。
──ほう。なにをもって、ですか。
勝率は上がった。それは名前のない印です。でも、本質はそこではないでしょう。この競技には私たちが気が付く余地のない、まさに空白のようなものがあるんです。
──空白。
言ったことが残らない、という意味です。
──それは、問題視されるべきことでしょうか。
そうですね。僕はそう思います。
──具体的にはどのようなところでしょうか。
空白それ自体に問題があると思っています。ともすると、私が七千年ものあいだ野球に身を捧げていたのは、それが気になっていたのかもしれません。ひとつの哲学活動でしょうか。まあうまく例えられませんが。
中略。
──最後に。一つだけ、伺ってもよろしいでしょうか。七千シーズンを過ごしてきたあなただからこそいえると思います。あなたにとって、野球とは何でしたか。
西洲はすぐには答えなかった。それが最大の質問だということではない。最大の質問に、最大の答えを返す必要がない、と知っているからだ。
整えられたものです。
──整え、られたもの。
はい。ご存知の通り野球というスポーツが生まれて幾星霜の時間が経ちました。ベーブルースだとかの時代とは一線を画していますが、それは歴史が整えてきたものです。それでもなお、整えきれないものもあります。まぁそんなスポーツになったんだなぁと切に思います。
──ほお、ふかいですね。ではその『整えられていない』ものはなんなのか教えてくださいますか。
わかりません。
──なるほど、そうなると、今後はそれを探求するためにご活動なさるんですね。
それはないです。自分の人生があるので。
──そうですか。本日は、ありがとうございました。
こちらこそ。