梗 概
メモリージェネシス
証言能力を持たない乳幼児への虐待——物証のない暴力を、どう立証するか。「メモリージェネシス」がその答えとなっていた。言語化されない乳幼児期の神経パターンを映像として再生する技術。潜在記憶は法廷で証拠能力を持ち、泣き寝入りするしかなかった被害者たちを救ってきた。 物理学者の遠波諒一は、中学2年の息子・湊の不登校に悩んでいた。湊は幼少期からギフテッドと判定され、同年代に馴染めず孤立してきた。元妻とは湊が3歳の時に離婚。ある日、湊が学校からの配布物を差し出した。不登校の生徒向けに、メモリージェネシス検査の案内。諒一は不登校の原因はギフテッドゆえの生きづらさだと考えていた。だがその説明に逃げているだけではないか。離婚前後、余裕を失って息子に手を上げたことはなかったか。無意識にでも苦しみを与えていなかったか。その不安を抱えたまま検査に赴く。
映し出された映像に諒一は凍りつく。乳児の視点から見た離婚の修羅場。そして、諒一が湊を怒鳴り、壁に押しつける場面。だが違和感があった。これほどの暴力を本当に忘れるものか。しかし法廷証拠として認められた技術だ。自分の曖昧な記憶より科学を信じるべきではないか。諒一は自分を疑い始める。
確証を得るため重ねた検査で気づく。映像が毎回微妙に異なる。以前は右手で掴んでいた腕が、今日は左手に。検査員に尋ねたが返答は曖昧で、病院も開発元も明確な説明を避けた。 専門外だが論文を読む力はある。調べてわかった真実。装置は断片的な神経パターンを補うため、被験者の「現在の脳状態」を投影して映像を再構成する。通常は十分な精度が得られるが、理論上は高度な感情制御によって出力を意図的に操作できる。この欠陥は当初から指摘されていたが、被験者となる子供には通常ほぼ不可能とされ「声なき子供を守る」大義の前で黙殺された。 だがギフテッドの湊には可能だった。湊の部屋には論文のコピーが見つかる。
「なぜこんなことを。」湊は答える。「父さんが本当に僕を愛しているか、確かめたかった。離れない保証がほしかった」 湊は学校でいじめられていた。「お前みたいな奴、誰にも愛されない」と。いじめ自体は耐えられた。ただ、愛されているかどうか、それだけは知りたかった。だから「実験」を設計した。父はどう動くのか、そしてたとえ愛の確証が得られなくても暴力の罪悪感で自分を見捨てられなくなるのではないか、と。その告白は、諒一の胸を刺すと同時に、深く腑に落ちた。
「俺は気持ちを言葉にするのが苦手だった」諒一は息子を抱きしめる。「愛情の伝え方がわからない。だからお前も、言葉じゃなく実験で確かめるしかなかったんだな」
感情を言葉にできない父と、言葉より実験を信じた息子。二人は鏡で、たしかに親子だった。愛が伝わるかは、これからもわからない。だから向き合い続ける。その軌跡をいつか、自分も息子も愛と呼べると信じて。
文字数:1191
内容に関するアピール
このお題を聞いた時、ぱっと思い浮かんだのは、息子の未来のこと。
未来そのもの、に対する不安もですが、「恐れ」という意味では、私の意識・無意識に限らない一挙手一投足で、良かれと思ってやったことでも、息子がいつか私を恨んだり、彼の将来に悪い影響与えてしまうのかどうか、というのがよぎりました。(常にそれを感じているというより、未来にそうなったら怖いな、という想像への恐怖に近いです)
それを受け入れ向き合ってこそ育児というものとも思っています。ただ、素直にそこに恐れも感じる自分がいました。一つの側面では、自分の責任が顕在化されてしまうことへの恐怖、とも捉えられるかと思います。
テクノロジーの進歩は、可能性や選択肢を広げ、今まで顕在化されなかったものも明らかにしていくでしょう。今回は、その恐怖そのものと「向き合わされる」ガジェットという発想をベースに世界観を設定しました。
文字数:383




