梗 概
バス停の回収人
16歳のハヤテは3つ上の幼馴染・凪とトラックに乗り、廃村の古びたバス停を回収していく。
かつて限界集落の交通を支えた自動運転バスは、過疎化に抗えず廃線。カメラを搭載し地域の見守り役も担ったAIバス停は放置されたが、その脆弱性に目をつけた攻撃者のハッキングの経由地として近年悪用され、直接の初期化・回収が急務だった。監視AIに秒単位で命令される過酷な肉体労働だが、サイバー戦争による不況下、孤児の二人は仕事を選べなかった。
ある日二人は、故郷の村へ10年ぶりに足を踏み入れる。村はかつて祭りの日、過負荷処理でハードウェアを焼き切り、生体デバイスを介し人の感覚も奪うマルウェア「フラッシュ」で汚染。除染法も不明で、感染リスクから村人は全員避難、立ち入り禁止となっていた。まだ幼かった上、避難生活で精一杯だった彼らには村の記憶はほぼ残っていない。
バス停は自家発電で稼働を続け、無差別通信で襲いかかる感染躯体もあった。一刻を争う危険な作業環境だが、凪は村の記憶を丁寧に弔っていく。ハヤテはそれに苛立つも、逆にバス停が網膜デバイスに投影してきた偽の故郷の幻影に目を奪われ、その隙に感染しかける。監視AIはハヤテを見捨てろと命令するが、凪は無視してハヤテを助けトラックに乗せる。
最後のバス停には、浴衣姿の少女が座っていた。罠の映像と踏んだハヤテはバス停に初期化用端末を接続するが、凪が止める。凪の網膜にはラムネを差し出す老人が見えており、それは昔バス停でよくお菓子をくれた人だというのだ。3つ上の凪には僅かに村の記憶が残っていた。
ハヤテもまた浴衣少女が、バスが来ず不安な時間に遊んでくれた近所のお姉ちゃんだと思い出す。忘れていた取るに足らない記憶に胸を打たれる二人。さらに思い出すべく、監視AIの警告を無視し、各々の見える村人と共に、来るはずのないバスを待つ。急かされ続ける日々で久しぶりの待ち時間だった。
突如、除染不可能だったはずのフラッシュが除染される。接続を検知し攻撃準備に入ったフラッシュには、一定時間経つと、解析されるのを避けるため自己消去する仕様があったのだ。待つことが除染方法だった。
二人はバス停に、徘徊者を検知すると親しい人を投影し、その場に留まらせる認知症者向け機能があったと思い出す。バス停は二人を覚えていて、安全になるまで待たせたのだ。
やがて一台のバスが到着するが、これもバス停の映す幻影だ。バスには村の人々が乗っており、幻影は走馬灯のように移り変わりながら、どこかへ走り去って行く。
帰還後、二人は除染方法を見つけたにも拘らず、命令違反と遅延の罪で拘置所へ入れられる。監視者は二人の報告を元に、待ち時間を活用した新たな効率的巡回ルートの整備を告げる。
世界は結局、待つことを許さない。だが拘置所にいる間は村の記憶を弔う時間がたっぷりあった。二人は村の思い出を一つ一つ、確かめ合うように語り続ける。
文字数:1200
内容に関するアピール
僕の地元は限界集落で、バス無しに村の生活は成り立たない。そんな村がいつかは滅び、バス停だけが残る風景を想像した。
バス停は独特の空間だ。特に田舎のバスは電車より時間に曖昧で、いつ来るのかわからない。本当に来るのかすら不安になる。だから待つ時間が似合う。待つ人同士が出会い、話す交流の場でもある。
本作ではそんなバス停の魅力と、未来の超効率至上社会を組み合わせた。後者は最近個人的に「AIで仕事が急激に効率化したが、空いた時間に別の仕事を入れられ、労働の密度が上がっているだけ」という体験をしており、それを踏まえた。
ただし両者の対比を描く際は、監視AIにより治安が維持される場面を入れるなど、安直な効率化批判にはならないようにしたい。
なお「認知症者の徘徊を防止する『偽バス停』(バスが来ないため留まり続ける)」や「バス停の見守り機能(乗降車ログで安否確認できる)」は実在しており、着想を得た。
文字数:393




