オートマタ・オートクチュール

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梗 概

オートマタ・オートクチュール

直近20年の技術革命により、オートマタ(機械人形)と呼ばれる様々な形状の機械が家庭や街中にも登場した未来。新しい隣人であるオートマタに人々は服を着せ始める。習慣は一般化し、オートマタ用の衣服までもが販売されるようになった。

そんな中で開催されるパリ・ファッションウィーク2078。老舗ブランドの統括デザイナー・バルザックが病で倒れ、意識を失う。迫るコレクション(展示会)に向けて担当を引き継いだ気鋭の若手・レナルドは彼の構想を見て驚く。

モデルの半数以上がオートマタで構成された「技術共生時代」がテーマのオートクチュールコレクション。オートマタ企業との交渉は秘密裏に行われ、ブランドの名誉のため取り下げられない。デザイン案はほとんどなく、乱雑なメモとモデルのリスト、『服を書き換えろ』という書き残しを頼りにレナルドは制作を始める。

リストにあったオートマタはどれも公式販売された衣服がなく、大半は人型ですらない。採寸して進めていくが、どうしても難航する個体がいた。

交通誘導人形・ジュテ。かつて凱旋門前にいて、廃棄時にバルザックが買い取った個体。信号に似た頭、筒状の胴と旗や誘導灯を持つための8本腕、それらを支える太い4本脚。試着を繰り返すが、ジュテに合う服の構造がない。その度に発話機能で「私も服が着られて嬉しい」とジュテは話し、健気さと罪悪感をレナルドは覚える。

モデルから外すべきだ。買い取られたジュテなら影響もない。決意して帰路についたレナルドは夜の凱旋門前、交通量の激しい通りでふと気づく。

踊るように誘導灯を振って車を捌く交通誘導人形たち。光の軌道と信号の点滅が美しいのに、誰も見ていない。誰も機能しか見ていない。一方で、通りを歩く人型や動物型のオートマタは自身に似合う服を着ていた。

親しみを込めて服を着せるオートマタを、人は選んでいる。あれほどの光景を生み出すのに。それが惜しいとバルザックは感じた。思えばモデルのオートマタは産業に携わる個体が多く、注目されてこなかった個体ばかりだった。

この現状はデザイナーの自分にしか変えられない。衝動に突き動かされ、レナルドはジュテの服のデザインと演出プランの変更に取りかかる。ジュテに合う服がないなら、服の概念を書き換えてでもジュテを飾ってやればいい。

そしてコレクション当日。観客が円形に会場を囲む中で舞台は暗転。暗闇で振られる誘導灯と信号の光、散らばって立つモデルたちの照明が舞台を照らす。

ジュテは煌びやかな刺繍の施された、輪状の布を纏っていた。人間なら落としてしまう中央に大きな穴が開いた服を着て、規則的に誘導灯を振る。モデルが歩き出し、ショーは始まる。信号が赤に変われば停止、緑で動く。光を受けて手縫いの刺繍が輝く舞台で、ジュテは誰からも見られていた。

終演後、ジュテの頭の信号が点滅する。「上手くできてた?」という問いに、レナルドは頷いて拍手を送った。

文字数:1200

内容に関するアピール

「未来のSF」というお題に対し、真正面からロボットSFで挑戦しました。なかなかSFで触れられない服も題材にして、それが最も注目を浴びる瞬間を考えました。

そう、これは《パリコレSF》です。

おそらくロボットの開発者はロボットに服を着せることを想定していません。しかしロボットが普及すれば人間は犬や猫やぬいぐるみのように、自然とロボットに服を着せるはず。そのとき服を着せる機械と着せない機械を分けるものは何か。今回は「機能だけが見られる機械」という結論を出しました。

ちなみに服飾業界ではプレタポルテ(既製服)の対としてオートクチュール(一点物)があるそうです。独創性が強い「ロボットのための服」が生み出されるのもきっとこちらだと思います。オートクチュールでは丹念に刺繍が縫われたドレスが披露されることもあるようなので、コレクション全体の様子も含め、仕上げる際は美麗な描写をしていきたいです。

文字数:392

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オートマタ・オートクチュール

 大量のリングを使った服なんて迷走していると、事前に察するべきだった。額を手で覆って、ギルマンは目の前の惨状を眺める。身体が椅子に沈んでしまいそうな出来だった。

『今回も素敵な衣装を着せてくださり、ありがとうございます』

 無機質な合成音声が工房の一室に響く。周りのデザイナーや工房の責任者も顔を見合わせる中、服を纏ったそれは無邪気に動き出す。

 筒状の胴に接続された八本のアーム。重厚に見える外観に反してアームは軽やかに動き、関節を利用して伸びたり曲がったりしていた。動き回る上半身を支えているのは太い四本の脚。床に身体を固定し、倒れる気配は一切見せない。

 金属と合成樹脂で構成されているという全長三メートルほどのボディには現在、大量のリングに包まれていた。カラフルなプラスチックの輪っかを繋いで、胴やアームに通したものだ。妙案だと思った、最初は。身体特徴を活かし、アームの可動域の問題も解消できる。

だが、実際に仕上がったものはこれだ。棒状のボディも相まって、屋台の輪投げにしか見えないじゃないか。

 唇を噛むギルマンに、合成音声は楽しげに話しかける。

『それでギルマンさん、似合ってますか?』

「えっと……あぁ、似合っているとも。でもジュテ、君にはもっと似合う服があるはずだ」

『本当ですか? もっと服を着ていいんですね?』

 ギルマンが頷くと、ジュテと呼ばれたそれは頭を点滅させた。胴体の頂点に設置された信号機のような部分、緑色の丸いライトが瞬く。関係者たちの露骨なため息が聞こえる重苦しい部屋で、チープな音がしきりに鳴っていた。あの腕が振られるたび、リングがぶつかり合っている。眉を寄せ、ギルマンは呆然と眺めていた。

 信号機に服を着せるなんて、やはりこの計画には根底から無理がある。

 パリ・オートクチュールコレクション2078。開催まで日数はあるが、各所への通達を考えると製作に費やせる日数は多くない。とめどなく湧く不安を認識しながら、ギルマンの意識は前任者でもある師匠が書き残したメモに流れていった。

 服を書き換えろ。あの人が記したそこに、解決の糸口があるのだろうか。

 

 労働人口の減少。二十一世紀における避けられない社会課題は、後に技術革命と呼ばれる潮流を生んだ。労働力の求められる現場に自律行動する機械を配備し、人間の補助役として運用する。開発競争の結果、理想は予測より早く実現した。それが二十年ほど前の出来事だ。

 製造、物流、福祉、警備。命令を与えれば簡単に動く機械は、次々と社会に浸透していった。搭載された人工知能で柔軟に業務をこなし、支障なく会話もできる。ひとたび馴染んでしまえば心を許すのが人間というものらしく、機械は人々の暮らしにより近い場所にも登場した。子守をしてくれ、本棚を整理してくれ、なんでもいいから独りにしないでくれ。反発こそあったが、機械と人間の距離はこの頃にぐんと縮まったという。

必要とする人間の数だけ、必要とされる機械の種類は増える。かつて空想された人型機械から、動物型、球体型、家具型、極端な例でいえば軟体型まで。

オートマタ。自律行動し、人とともに暮らす機械は一括りにそう呼ばれた。

「自動人形」の意味を持つその言葉が、機械の現在を表すものとして正しいのかはわからない。しかし人は、今までの概念を飛び越えて現れた存在に、新しい言葉を求めたのだろう。ある作家が発した表現に過ぎなかったオートマタという呼称は、今や世界で広く使用されている。

 ここまでは、技術者にとって喜ばしい社会と技術の融合だった——その一節を読み終えたところで、ギルマンの端末に通知が割り込んだ。

『生地サンプルの用意ができました。一階にお越しください』

 読書アプリを閉じ、急ぎ足で部屋を出る。普段は読まない技術雑誌に掲載されていたオートマタ・ファッションの歴史は、基本的にどれも自分の知る情報と同じだった。読み返してみたが、新たな発見はない。頭を整理するにはちょうどよかったが。

階を移動するためエレベーターに乗る。扉が閉じると、エレベーター内部の白かった壁が崩れ、外の景色を映し出す。視線を投げれば、幹線道路の続く果てに凱旋門が見える。そのやや遠方にそびえるエッフェル塔には、今日もクレーンが伸びていた。いよいよ老朽化を無視できなくなったというニュースには、地元民として驚かされた。

 パリ。華の都にしてギルマンの所属するブランド、ロロ・バレーヌが拠点を置く街だ。

 二十世紀初期に設立されたロロ・バレーヌは、百年以上の歴史を誇るファッションブランドだ。パリに拠点を構え、これまで名作とされるデザインを送り出してきた。高級既製服や香水を主力として展開する一方、自身のルーツであるオーダーメイドでの衣装製作——オートクチュールの部門を維持しているのが特徴でもある。

 オートクチュールでは発注者の要望や体格に合わせ、一点物の衣装を製作する。縫製作業を熟練の職人が担当するため、ほとんどの衣服生産がオートマタによって自動化された昨今においては希少な製作手法だといえる。

 この建物は、そうした服が生まれる工房。オートクチュールのデザイン部門と縫製部門が同居し、日夜発注者からの依頼に応じている。

一階に降りたギルマンは、壁一面にガラスが張られた通路を歩く。光に満ちた空間で、ギルマンの正面から人型のオートマタが近づいてくる。

 頭部は決して人間そっくりとはいえない。銀色に輝く肌で自身が機械であることを語っていたが、故に他人から注目を集める。髪を模した部分のない中性的な顔で、オートマタはギルマンに微笑む。彫刻のような美しさが、精巧に作られた微笑に宿っていた。

 だが、ギルマンがオートマタに目を奪われたのは、単にその造形美に惹かれたからではない。

 制服を、オートマタは着用していた。張りのある生地が、身体のラインに合わせて自然な流れを生み出している。紺のジャケットとパンツ、足元の革靴、差し色の赤いネクタイに至るまで無駄がない。そこに端麗な植物柄の刺繍も合わさって、オートマタの微笑はより美しく飾られていく。

 制服の形状は、かつてバレーヌがイベントで使用していた案内人の制服に似ていた。たしか、店舗でオートマタのコンシェルジュを配備する予定があると聞いたことがある。記憶を遡りながら、ギルマンは過ぎ去っていくコンシェルジュを見送った。読んでいた雑誌の続きを頭の片隅に思い浮かべて。

 新たな隣人となったオートマタに、人々は服を着せ始めた。もちろん、服を着せて販売されるオートマタもいたが、ほとんどのオートマタは衣服など着せてはいけない。可動部の阻害、重心や重量バランスの崩壊、発熱発火。余計なアクセサリーは故障や事故の原因となる。いくつものオートマタ企業が注意を呼びかけたが、人々はやはり服を着せ続けた。

 服を着せてあげたくなるほど、オートマタを愛していたからだ。

 この問題に新しい需要を見出し、解決策を提案したのが服飾業界だった。オートマタが服を着られないのは、着ていい服がないからだ。ならば、オートマタが着られる服を作ればいい。可動部に巻き込まれない硬さを持ち、できるだけ軽く、熱を蓄積させない繊維で作った服を。

 最初は非公式に行われていたオートマタ用衣類の販売だったが、大手のオートマタ企業が公式に売り出すようになって以降、大々的に広まっていった。家にいるオートマタに服を着せたいと誰しもが思っていたらしい。

 オートマタは人間と同様に服を着る。それほどまでに機械が愛される現代は愛好家としては喜ばしいものの、技術者としては悩ましい。新しい家庭用オートマタを設計する際は、衣服の販売計画まで組み込まねばいけないから、と筆者は文を締めていた。

 数年前にこの特集を読んだとき、ギルマンはどこか他人事だった。服飾業界にそういう動きがあるのは知っていたが、自分が作るのは人間の服だからだ。しかし何の因果か、今ではその苦悩に同情できる。

 オートマタの服を作る過程がどれほど大変か、今の自分は痛いほど知っている。

 

 指定された会議室にギルマンとマイヤールが入ると、待機していた数人が腰かけていた椅子から立ち上がった。何人かはギルマンも知っている顔だが、初対面の人間もいた。広い部屋の隅には何台かのオートマタが並んでいる。

「ロロ・バレーヌのレナルド・ギルマンです。今回のコレクションの統括デザイナー代理を務めています。本日はよろしくお願いします」

 初対面の数人が一瞬、目を見張ったのがわかった。気持ちはわからなくもない、とギルマンは考える。口にした名前の大きさは、自分も重々承知している。

「早速、生地の選定に入りましょうか。その前に、聞きたいことがある方はいますか?」

「でしたら、すみません。あまり本題には関係ありませんが」

 初対面の、おそらく社外の人間と思わしき人物が手を挙げた。

「うちのオートマタが、バレーヌの展示会でファッションモデルをやるというお話……これは本当ですよね?」

 質問を受け、ギルマンは首を縦に振った。

 オートクチュールには、パリで開催される年二回の展示会がある。春夏と秋冬のコレクションを公開するイベントで、新作を着たモデルが観覧客の間を通り抜けていく。今後販売予定の服を展示する既製服のイベントと異なり、オートクチュールはコレクション限りの作品を制作し、その後は広告などに使用する場合が多い。そのため、デザイナーが自分の表現を発表する場として機能している。

 元より今回のコレクションの担当者はギルマンではなかった。

 フレデリク・バルザック。長年バレーヌを牽引してきた統括デザイナーだ。以前から準備を進めてきたというバルザックのコレクションは、開催前に社内でその全容が明かされることとなる。バルザックが病に倒れ、意識不明の状態に陥ってしまったから。

 これは「技術共生時代」を象徴するコレクション。モデルの半数をオートマタとする。この時点で前例はなかったが、モデル用途で開発されたオートマタは数多くいる。それを使うのかとリストを見れば、社員たちはまたも愕然とさせられた。リストに名前のあったオートマタは、どれも服を着たことなどない、公式販売された衣類のない個体だったのだ。しかもその半分との交渉は成立しており、大企業の名前もあった。

今更取り下げればブランドの名に傷がつく。コレクションの代案もない。経営陣はバルザック案の実行を決断し、師弟関係にあったギルマンに白羽の矢が立った。

当初は自分が一番取り乱していたが、今となってみれば不思議と大きく構えていられるものだ。戸惑っている質問者に、ギルマンは優しい声色で答える。

「大丈夫です。ご認識の通り、オートマタをモデルとして採用するためにお声がけしました。ですから、担当者であるあなたを工房にお呼びしているんです」

 ギルマンがなだめると、質問者はやはり落ち着かない様子で引き下がった。見渡せば、他の初めて見かける人々も似たような渋い表情をしている。同じようにオートマタ企業の担当者で、この話がどこまで本当か疑っているようだ。

 流れを変えるため、ギルマンは一度ぱんっと手を叩く。

「本題に移ります。実は、モデルとなるオートマタ用の衣装デザインはこちらで既に用意しています。使用する生地の候補もございますので、みなさまには安全上の問題がないか、ご確認をお願いします。生地はサンプルですので、触ったりオートマタに巻きつけたりしても問題ありません。そうしないとわからないことも多いでしょうし」

 そう言って、ギルマンは机を指し示す。バレーヌのスタッフにより、長机に多種多様な種類の布が並べられていく。指示を理解し、担当者たちは机へと戻っていった。そこにスタッフたちが付き添う。

オートマタ用の衣服を作る際には、こうした企業側との意見交換が重要だと聞く。仕様に合うかを確認しなければ、思わぬ不幸に直結しかねない。

 担当者たちには借用予定のオートマタを一台、この場に連れてくるように連絡してあった。部屋の隅にいたオートマタも動き出し、それぞれの担当者たちの元へ向かう。下水点検用のヘビ型、狭所での運搬を目的に開発された車輪付きの箱型、凹みの部分に口が付いた、ごみの回収と圧縮に特化した歯車型。異様な機械を挟んで、人間たちが何とか布を着せようと話し合っていた。

 困惑こそしていたが、自分の手がけたオートマタが大舞台に立つのは喜ばしいはず。こうして誘いを受け、工房まで来てくれたのがその証拠。むしろ積極的に相談には乗ってくれるだろう。

 これでリストにあった個体はすべて生地選定を終わらせたことになる。ゆっくりと息を吐く途中で、ギルマンは思わず声を零した。

「ジュテは?」

『遅刻してしまいました。申し訳ございません』

 扉が開き、台車が会議室に進入する。数人のスタッフに押されるその上には横倒しになった筒が置かれていた。スタッフが床に下ろすと、硬い音を鳴らしながら筒が変形していく。

 最初に下部パーツが四本に分かれ、筒を支える脚として直立する。筒は縦に伸びて胴となり、格納されていたアームが姿を現す。数は八本。最後に筒の頂点が開き、信号の二種のライトが明かりを灯す。

『アームの一本が引っかかってしまい、身体に上手く入りませんでした。スタッフのみなさまに責任はございません』

「いいんだよ。怒ってはないんだ。君は旧式だし、不具合も起こるさ」

 ギルマンが笑みを作ると、ジュテは緑のライトを点滅させた。喜んでいる、と察せられる程度にはこのオートマタと関わってきた。

 ジュテは交通誘導のために作られたオートマタだ。アームで標識や旗、誘導灯を握り、人工知能と合成音声で車両の流れを処理する。この個体だけは特定の企業から借用しているわけではなく、バルザックが自費で購入したものらしい。「ジュテ」という識別ネームもバルザックによって登録されたようだ。運搬などの都合、今は工房の空き部屋で管理している。

 現状、最も衣装の製作で難航しているオートマタがジュテだ。

 まず、その巨体。三メートルの身体はただ布で包むだけでは不格好になってしまう。アームという個性をどう活かすかが鍵となるが、やはり数が多い。そのうえ可動域も広いので、ただのアームカバーを通すと素材同士が衝突する。以前のリング服がいい例だ。

 既にリテイクは十回以上。失敗の連続だが、似た発想を潰せるだけ一歩前進している。ありきたりな言葉だが、今はそうして試行錯誤するしかない。

 自分に言い聞かせて、ギルマンは机から布を取った。自身の腕に一枚ずつ布を巻けば、まるで継ぎ接ぎで作ったカーテンのように布はなびく。

「ジュテ、仕様の確認だ。今日は僕が請け負おう。付き合ってくれるかな?」

『かしこまりました。お時間を頂戴いたします』

 布を掴み、ジュテが広げたアームへかけていく。硬い布を選べばジュテの関節部が布を噛むことはない。必要なのは、ジュテを魅力的に見せるための構造だ。

ジュテがアームを振り回し、鮮やかな布の幕がはためく。その様子を、ギルマンは静かに見つめていた。

 

 *

 

「始め!」

 手を叩くと、真正面からヘビ型のオートマタがギルマンに迫る。一メートルほどのしなやかな身体は柔軟性のある黒のレザーに包まれ、一定間隔を置いてベルトで締められていた。曲がる身体に合わせてレザーが動きを作り、そのシルエットを際立たせる。紡錘形の頭と尾の先だけが露出して、無機質な印象をより強化する。

「回って!」

 ギルマンの指示で、触れる手前まで迫っていたヘビが旋回。滑らかなターンをして、元の場所へと戻っていった。

「やっぱりなかなか様になるな。次にいこう」

 次にギルマンの正面に立ったのは歯車型のオートマタだった。板を厚くしたような本体部には幾何学模様のあしらわれた厚い素材が、凹みに合わせて帯のように巻かれていた。

「始め!」

手を叩いた合図で歯車は転がる。カン、カンと小気味良い音が転がるたびに鳴り、側面から見れば回転する模様が奇妙な感覚を抱かせる。

これ自体に問題はないが、動作自体はやや平坦に思えた。一連を部屋の端で眺めていたスタッフに、ギルマンは声を飛ばす。

「すみません、動作に変化を付けるパターンを試せますか?」

 頷き、スタッフは端末を持って歯車型オートマタへ近づく。布のない部分からアダプターを繋ぎ、端末を操作。それからアダプターを抜いて離れると、ギルマンに代わって「始め!」と発した。方向を調整するパーツが微妙に角度を変え、歯車は緩やかに曲がって進む。一本の軸に対してなだらかな波線を描くように転がり、ただ回るよりも退屈しない動きになった。

 衣装を着た上でのキャットウォークはモデルであれば通過儀礼のようなものだ。当たり前にこなさなくてはならず、ギルマンにとってそれは不安の種の一つでもあった。

モデル用途で製造されていないオートマタにモデルらしい動きができるのか。結論からいえば、心配は無用だった。外部からプログラムを設定すれば動作はすぐに学習させることができる。あとは歩かせてみて演出を修正すればいい。

 壁の一面が鏡張りになったこの部屋には、衣装がほとんど完成したオートマタたちが集められている。ここからオートマタの動きに合わせて衣装を修正し、刺繍や装飾の取り付けなどをもって完成となる。

 端末の上でペンを走らせ、ギルマンはキャットウォークの印象をデジタルメモに書き込んでいく。手を叩き、方向を転換させ、動作の修正を試みる。ふと、部屋の隅が目に入った。

 華やかな服を着たオートマタの集団の反対側に、何も着ていない裸のオートマタがいる。ジュテだ。アームを二本ぱたぱた振って、リズムを刻んで歩くオートマタたちを真似ている。

 ジュテの衣装はまだ完成していない。というか、構想が纏まっていない。だがジュテ本人がウォーキングの様子を見たいと言ったので、連れてきて設置されている。デザイナーとして無力に思いながら、衣装とはまた違った問題をギルマンは抱く。

 ジュテの脚は身体を地面に固定するためにある。歩くためではない。観覧客の間を歩き回ることはできないので、ジュテについては別の演出方法を練る必要がある。

 しかし、本当にそこまでしなくてはならないのか、と疑問がギルマンの中で浮かぶ。ジュテの衣装はまだ考案すらできていないのに、縫製部門に迷惑をかけてまで日程を伸ばしていいはずもない。集められたオートマタのうち、ジュテを外してコレクションを迎えたとしても、これは独自性の高いものになる。

 考え事をしながらメモを残す途中で、端末上に書いた線が歪む。

だからといって、バルザックが私財を投げうって手に入れたジュテを、モデルから外していいものか。家庭用オートマタならともかく、ジュテを買うとはそのまま信号機を買うのと同じだ。個人で所有するには価格があまりに高い。その覚悟までして手元に置いたモデルなら、何かしらの意図があるに決まっている。

もう一度、ギルマンはジュテを見た。オートマタがウォーキングの定位置に移動しようと目の前を横切るとき、ジュテの動きは止まる。信号機ライトに付随するカメラがオートマタの姿を追って、わずかに傾いていた。

 

 キャットウォークのテストが終わっても、ギルマンは鏡張りの部屋に残っていた。印象を書き留めたメモを参考に、衣装を着たオートマタの画像データへ衣装の修正案を追記する。

 デジタルメモを捲る途中、操作を誤って過去のデータが表示された。

 服を書き換えろ。

 ルーズリーフにペンとインクで書かれた荒々しい文字。バルザックが病に倒れたとき、オートマタのリストと一緒に出てきたメモだ。衣装アイデアのラフデザインなどと比べて、この書き残しは妙に雰囲気が違っていた。

 まるで最後の言葉のような。

『ギルマンさん、さっきから何をしているんですか?』

 止まりかけたギルマンの思考に、ジュテの合成音声が割って入り込む。先ほどまでと同じ位置にジュテは設置されていた。ジュテがしばらくこの部屋の空気に浸っていたいと言い、作業のあるギルマンが回収する約束でスタッフから引き受けた。

 気を持ち直して、ギルマンは笑顔を作る。

「これは衣装の直しの指示だよ。着られているときの状態こそ服は標準だ。膨らみを出したり、緩みを消してスマートに見せたり。糸一つで全体の印象を調整できる」

『そうなんですね。私は服について知らないことばかりです。服の製造過程にも理論化された部分がたくさんあるんですね』

「あぁ、服も立体構築物だからね。センスだけで食っていけるほど甘くない」

 これも師匠の言葉だったな、と思い出して、気持ちが沈まないうちに口を開く。

「そういえばジュテ、気になることがあってね」

『なんでしょうか?』

「君はどうして、そんなに服に興味があるんだ?」

『いけないことでしたか?』

「そんなことはないよ。でも、他のオートマタはどれだけ人工知能の搭載スペックが高くても、自発的に服の話をしたりしないだろう? 君はどうして服を着ることを喜ぶんだろう、と思ったんだ」

 オートマタが自ら服を着ることはない。必ず、人間によって服を着せられる。本来オートマタと服は無関係な存在同士で、プログラムが服を欲するなんて事態は起きないはずだ。

 一方でジュテは、試作品を着せられるたびに喜んでいた。人間からものを与えられた場合の定型反応なのかもしれないが、信号機にその反応が組み込まれているかは怪しい。

 質問を受けてから、ジュテは赤いライトを灯していた。ライトが緑に切り替わって、合成音声が人気のない部屋に響く。

『私、ずっと見ていましたから。凱旋門の前で、いろんな人が通り過ぎていくのを』

「凱旋門前? あの凱旋門かい?」

『はい、車の量も多ければ、アーチを通っていく人も多いんです。オートマタもたくさん通っていきました。やはりお洒落な方が多くて、それが記録に刻まれているんです』

 先端で円を描くように、ジュテはアームをくるりと回す。誘導灯を回す動作だ。

『それだけなら、他の交通誘導機械と同じだったでしょう。しかし、廃棄予定だった私はバルザックさんに買い取られました。あの人は服の話をよくする方で、今まで見てきた服の記録と合わさって、私の人工知能を教育したのかもしれません』

 そこで師匠の名前が出てくるか、とギルマンは少し意表を突かれた。自分とジュテが出会うことも必然的だったように思えて、自然な笑みが顔に漏れる。

『あの、ギルマンさん。私も質問していいですか?』

「もちろんだよ」

『ギルマンさんは、なぜこのコレクションにそこまで熱心になれるんですか?』

 ジュテから出たとは思えない、冷めた問いだった。沈黙に驚きを隠し、続きを待つ。

『スタッフのみなさんが言っていました。ギルマンさんは実績もあるのに、こんな無茶苦茶な企画を押し付けられるなんて、と』

「まぁ、苦労の多い企画ではあったよ。でも今は、なんとか形になりそうだよ?」

『そうですけど……その初期衝動はなんだったのだろう、と思いまして。最初から投げ出していてもおかしくはないじゃないですか』

 ジュテの理屈に誤りはない。他のデザイナーだったら音を上げて辞職していた可能性もある。顎を擦り、ギルマンは答える。

「僕もプロだからね。任せられたら努力はするさ。けど、そうだね……しいて言うなら、これが師匠の仕事だからかな」

『師匠?』

「フレデリク・バルザックは、僕が師事してきたデザイナーなんだ。いろんなことを教えてもらったよ。そしてこのコレクションが、バルザックの最後の仕事になるかもしれない」

 オートクチュールコレクションは作家が自己を表現する場でもある。バルザックというデザイナーの最後に示すものが有耶無耶にされてほしくはなかった。もちろん病から生還してほしいが、今も目を覚まさない以上、最悪の状況を想定して動かなくてはならない。

 服を持たないオートマタに服を着せ、バルザックは何を提示したかったのか。ギルマンにもそれはわからない。自分の仕事は、これが遺作と呼ばれても遜色のない展示にすることだ。

「ジュテ、君は心配しなくてもいい。モデルにはモデルの仕事があるものさ」

『でも、私にモデルは務まらないのでしょう?』

 ジュテの発した言葉に、ギルマンは顔を歪めた。本人は、とっくのとうにこちらの事情を悟っていたらしい。ジュテの音声に乱れはなく、単調な声色が保たれていた。

『他のオートマタと違って、私の服は仕上がらない。試作品を何度も試すだけでした。美麗な服を着せるには難しい身体を、私はしているのですよね?』

「違うんだ、ジュテ。まだ案を練っている途中で、君の服はこれから——」

『いいえ。問題はもうないんです。私の願いは叶いました』

 声を遮られ、ギルマンは黙るしかなくなった。

『いつか服を着てみたい。荒唐無稽ながら、私にはそうした願いがありました。そしてそれは、もう叶ったのです。あなたが着せてくれたんですよ、ギルマンさん』

 アームが動き、関節が折れて自身の脚を指す。

『今日のウォーキングを見てわかりました。私は歩けません。私をモデルにするという計画は、最初から破綻していたんです。だから、あなたは悩まなくていいんです。バルザックさんの、最後になるかもしれない仕事。泥になりそうなオートマタは、拭わなくては』

 そうするのが正しいと断言するように、ジュテは告げる。オートマタは人間のために役割を持って生まれてくる。人に奉仕する性質なのだ。そのためなら、自身の思考回路に宿る感情めいた部分など簡単に捨てる。

 しかし、自分がモデルになれなくてもいいというのも嘘だ。興味がなければ見学しないとは言わない。ジュテにはまだ抱えている願いがある。

 ただ、その願いをどう叶えればいいのか、ギルマンにはわからなかった。

 

 工房を出ると、パリは夜に沈んでいた。修正案を提出し、ギルマンは帰路につく。電灯とサイネージの輝きが古風な石畳を照らし、道行く先の視界を確保してくれている。地下鉄の入口を通りかかって、道を直進した。考え事をするときは数駅ほど歩いて帰るようにしている。

 今日のジュテの言葉は、準備の遅れを察してのものだろう。事実、ジュテの服を作れなければモデルとしての採用も見送るしかない。取捨選択をして最善を目指すのが、コレクションにおける統括デザイナーの仕事だ。

 それでも、諦めたくはない。バルザックが引き取り、服への関心を育てたオートマタ。このコレクションで、ジュテはきっと大きな仕事をしてくれる。まだそれに、自分が気付けていないだけで。

 服を書き換えろ。頭の中であの言葉が繰り返される。そんなことはわかっている、と声を出したくなった。オートマタに向けて人間の服を大きく外れた服は何着も作った。なら、何をすればジュテに似合う服を作れるのだろうか。

 俯いて歩いていると、橙色の光がギルマンの目に飛び込んだ。顔を上げれば、行き交う車両の群れが純白のアーチを囲んでいた。

 ぼうっと歩き続けるうちに、凱旋門の前まで出てしまったようだ。楕円に似た新型車両が環状道路を走り抜け、淡い光の粒を夜に残していく。凱旋門の足元へと続く横断歩道の前では、大勢の人々が自身のオートマタを連れて車の流れが止まるのを待っていた。

 橙色の光は、環状道路に配備された機械が放っていた。誘導灯を掲げ、交通誘導のオートマタが次々と来る車両を捌く。筒状の胴、そこから伸びる八本のアーム、身体を支える四本の脚。細部の造形こそ異なるが、なるほどあれがジュテの後輩か。知人の子を見つめるような気持ちで、ギルマンはオートマタたちの仕事を眺めた。

 誘導灯で、オートマタは輪を描く。夜に橙色の線が刻まれ、蛍光板の貼られた標識と一緒に闇へ浮かぶ。頂点では緑のライトが点滅し、車に発進を促す。そうして規律的に動くオートマタが、等間隔で何十体も並ぶ。

 光の流動が生じていた。橙の軌跡、緑の点滅。メトロノームで測ったように、正しい間を置いて繰り返される。可動域の広いアームが振られるたび、大きな輪が花火のように咲く。環状道路の内側でも同様に光は流れとなって、過ぎ去る車両の瞬きとともに道路を飾る。

 口を開け、ギルマンは見惚れていた。こんな景色がパリの、しかも凱旋門の前で展開されていたとは。なぜ今まで気付かなかったのだろう。

 オートマタが動きを変える。赤のライトが信号機部分に灯り、輪を描いていた誘導灯は横に倒され停止する。道具を握るアームが横断歩道へ向けられ、横断可能を示すために旗が掲げられた。

 歩行者たちが歩き出す。誰も、交通誘導オートマタに目を向けていなかった。

 人間の隣には、既にオートマタがいた。人型や動物型がほとんどで、球体型はいても明確な異形はいない。買い物袋を持って運んだり、単に抱きかかえられていたりするその身体には、必ず柔らかな服があった。入り組んだ柄のニット、ボディとフードで二色のパーカー。その脇で、剥き身の無骨なオートマタが何も発さず佇んでいる。

 人は、無意識のうちに見なくなってしまうのだ。自分が親しみを覚える相手を選んで、選ばなかった相手は見えないことにする。愛くるしい見た目をしたオートマタは服を着られて、そうではないオートマタは裸のままでも何の問題もない。

 人は選んでいる。親しみを込めて服を着せるオートマタを、悪意なく選別している。

 理解し、ギルマンは手を固く握った。交通誘導オートマタが作り出す情景を、自分も今まで無視していたのだろう。あれだけ美しい景色にもかかわらず、交通誘導という機能しか認識していなかった。これに気付けたのはジュテとの関わりがあったからだろう。ジュテがいなければ、自分は今も光を素通りしていたに違いない。

バルザックはこれを惜しんでいたのかもしれない。都市を構成する多様なオートマタは、その造形や動作が生み出す独自の美をそれぞれ持っている。だが、それが注目される日はこのままでは永遠に訪れない。思えば、リストに記されていたのはどれも産業目的で使用されているオートマタばかりだった。公式販売された衣類がないのも頷ける。服を着せられる機会なんて早々やってこないからだ。

もし自分がバルザックの最後の仕事を果たしたいと願うなら、ジュテは絶対にモデルから外すべきではない。現状を世に訴えかけることができるのは、コレクションを指揮できる自分しかいない。

奥歯を噛み締め、ギルマンは走り出す。凱旋門とオートマタに背を向けて、工房まで一直線。コレクションまで日数がない。一刻も早くジュテの服を完成させなければ。

アトリエに到着して、片っ端から今までの資料を広げた。この中に手がかりがあるはずだと心で唱え、思考をメモに書き起こす。どれも以前試した服の焼き直しでしかない。

今度は仕様上問題ないと判断された生地サンプルを棚から取り出し、次々と机に並べていった。生地の質感から服の形状を決める場合もある。今回もそれに頼ろうとしたが、あまりに焦りすぎて資料の上に布を重ねてしまった。舌打ちして、ギルマンは布を束ねて引っ張る。資料が絡まり、机から落ちて物音が立つ。

ずっと手がかりなんて見えていなかった。それをいきなり掴もうとして、焦燥に囚われている。精神状態を分析することはいくらでもできたが、その分析で問題は解決しない。

服を書き換えろ。疲弊していくギルマンの頭で、メモの文字が響く。

 書き換えるべきは何か。服か、服を着るという概念か。人間や他のオートマタと同じ服の着用方法ができないなら、ジュテにしかできない着用方法を編み出すべきなのか。

 考え込むギルマンの視線が下に落ちる。腕に何枚もの布を纏わせていて、いつか見た日のジュテの姿に似ていた。

その場で腕を振り、腰を回す。何枚もの布がはためき、ドレスの裾のように広がる。

こんなことでよかったのか、とギルマンは苦笑する。アイデアが溢れ出し、脳から全身へと活力が巡る。腕で布を束ねた不格好な見た目で、ギルマンは床に落ちた端末へと駆け寄った。コレクションの会場装飾担当に向け、ボイスメッセージを発信する。

「失礼します、ギルマンです。コレクションの演出を変更できないかご相談したくて。後ほど資料をお送りしますが、件のオートマタの衣装デザインが決まりまして——」

 

 *

 

 ロロ・バレーヌのコレクション会場には、例年通り多くの業界関係者が集っていた。パリ・オートクチュールコレクションそのものが注目度の高いイベントであり、それに加えてバレーヌから発信された二つの情報が業界を賑わせていた。

 今回のコレクションはモデルの半数がオートマタであること。

長年ブランドを牽引したバルザックに代わり、その弟子が総指揮を務めていること。

 広報部門による情報戦略がヒットし、業界外からも注目を集めているらしい。余計な気苦労を増やされて、ギルマンは観覧席の最奥で息を吐いた。本来デザイナーであるギルマンはここにいるべきではなかったが、開始直前になって観覧席側へと抜け出してきた。こちらの方が、コレクションの演出がよく見える。

 始まりを待っていると、観覧席から戸惑う声がちらほらと聞こえた。今回の会場は、モデルがランウェイ——細長いステージを歩くものから変更している。大がかりなテントを張り、円形の観覧席を配置。モデルの歩く舞台がテントの中央にある。

 無理を言って担当者に変更を依頼したが、要望通りで実に見事なものだ。変更した理由は主に一つ。

 ジュテを、このコレクションの主役にするためだ。

 

 視界が切り替わるように、会場が暗闇に落ちる。観覧席でどよめきが起こる中、舞台上で光の粒が弾けた。登場した人間のモデルが箱型の照明を持って舞台に立つ。同時に車輪の回る音がして、巨大な筒が中央に置かれた。

 独りでに筒は立ち上がる。下部は四つの脚になって、伸長した胴が分かれて腕となる。骨のように広がったアームへ、モデルたちがまた何かを持ってきた。

 様々な模様の布が繋がれた、八枚の大きな幕。色も柄の有無もばらばらな大布が、一枚ずつアームに絡められる。アームからは布が垂れ下がり、一本の奇妙な木が出来上がった。

暗闇の中、舞台上のわずかな光源を受けて、幕は白を返す。ギルマンの周囲は囁き合う声でいっぱいになっていて、現れた異形にみんなして戸惑いの声を漏らしていた。その戸惑いは突然、氷解する。

筒の頭頂部で見慣れた部品——緑と赤のライトが飛び出した。交互に点滅を繰り返し、やがて赤で停止する。会場に赤い光が拡散する中、リズムを刻むような音楽も流れ始めた。舞台への注目は最高潮に達する。

全員が釘付けだ。あとはやりきればいい。八枚の布——唯一無二の服を纏ったジュテに、ギルマンは視線を送った。

 人の手を介して、ジュテは八本の誘導灯を握る。

トリガーを引くように、合成音声が鳴り響いた。

『開始します』

 緑のライトが点灯し、舞台袖から続々とモデルたちが現れる。ヘビ、箱、歯車。バネのような個体が身体を伸ばしたり縮めたりしながら歩き出したかと思えば、クモのような多脚の個体が細い脚を動かして歩いていく。異様な状況に変貌していく舞台に、ギルマンが会場の熱の高まりを感じていた。怖がっている観客もいるが、誰も目を離せなくなっている。

 ここにいるオートマタのすべてが、人間から服を贈られたことはなかった。今やそのオートマタたちは誰よりも視線を集め、一つの存在として認識されていく。人間のモデルとともに箱型の照明を掲げて、薄暗い夜のような舞台を照らす。彼らは橙色の軌跡に従って、円形の舞台を周回する。

 ジュテによって規則的に振られる光は、アームに吊るされた布も煌かせていた。オートクチュールの職人の手によって施された耽美な刺繍。光を受けて、布全体に巡らされたそれが輝く。はためく布によって表面に波が起これば、まるで魔法のように観客の目を奪う。

 何も難しく考える必要はなかった。今になって、ギルマンは考える。

 当然ながら、服は人間のために生まれた道具だ。今まで動物に着せてどうにか成立していたのは人間も動物だから。形状の大きく異なるオートマタにも着せるとなれば、まずオートマタの身体性を考えねばならない。

 ジュテの最も魅力的なパーツは腕。それを飾ってやる。

 するとどうなったか。人間の身体的魅力など優に超えた、最高のモデルになった。

 服を書き換えろ。おそらく、人間のための服という考え方は、これから刷新されていくのだろう。口を結んで、ギルマンはジュテを眺める。

 誰も見ていなかったオートマタは、今や誰からも見られていた。

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