梗 概
俳句ユートピア
俳句スパルタ王国、愛媛。
愛媛の小中高の教育現場では、俳句のスパルタ教育が100年続いている。
愛媛には、おそらく東京、京都に次ぐ量の俳句に関する資料があり、子どもたちの俳句の指導をする国語教員たちの相当数は卒業論文を俳句研究で書いている、俳句ガチ勢。
ガチ勢たちは、愛媛の俳句文化を守ることを使命とし、ガチ勢たちは、たとえ、それが小学生に対する俳句指導であっても、容赦はしない。
愛媛の子どもたちは、小学校に上がると同時に季語感覚をインストールされる。
俳句の授業では、子どもたちは直接的な感情表現の一切を禁じられる。
俳句にうれしい、かなしいなど入れようものなら、殴られるのではないかという勢いで、先生に怒られる。
季語は必ずひとつ入れないといけない。しかし、ふたつ入ってはいけない。
取り合わせによって、表現をしなければならない。
説明的な表現は、忌み嫌われる。
授業と言わず、何なら、ことあるごとに一句詠まされる。
俳句として成立するものを作れた子は帰宅を、すなわち自己の存在を許される。
私は2、3テイクくらいで帰れていたが、あれは、もしかして居残りで帰してもらえなかった子もいたのではないだろうか。
今となってはもうわからない。
先生が子どもの俳句を褒めているところなんて、見たことがない。
愛媛出身者には俳句スパルタPTSDと呼ばれる症状がある。
二重季語反射。それは重複した表現がないよう無意識にセルフチェックをしてしまう症状。
俳句を先生に見せる時のことを思い出すとお腹が痛くなるという症状もある。
私は、これは、俳句ディストピアなのではないかと思った。
2046年、愛媛県では俳句文化の保護を目的とし、正岡子規に関する資料を学習し、俳句教育のためにファインチューニングした正岡子規AIを教育現場に導入することを決定した。
高校への試験導入が始まり、2053年に中学校への導入が完了した。
2054年の新学期から愛媛県内の数校の小学校への試験導入が始まった。
これは、子規AIの試験導入校に選ばれた松山市春見小学校の4年生クラスの児童が、
「正しい俳句」を教え込むために導入された正岡子規AIと対話する中で、
次第に俳句の「自由」や「表現とは何か」に目覚め、
それを良しとしない俳句ガチ勢教員と衝突していく物語である。
混乱に陥る教室で、事態を収集させるのは教員が起動した夏目漱石AIだった。
文字数:979
内容に関するアピール
冒頭の「俳句ディストピアなのではないかと思った。」までは事実です。
※あくまで個人の体験です。
今は高浜虚子の『子規居士と余』を読んでいるのですが、正岡子規ってけっこうファンキーな人なんですよね。
この人(AIだけど)を小学生と接触させていいのだろうか。
小学生と正岡子規AIのタッグを俳句ガチ勢教師と戦わせることで、俳句スパルタPTSDを克服しようとする試みです。
中学生、高校生であれば俳句の常識がある程度できているので正岡子規AIが導入されても大丈夫な気がしますが、小学生と正岡子規AIが合わさると俳句とは?という状態になって学級崩壊しそうに思ったので、小学校を舞台にすることにしました。
正岡子規に対等に物が言える人物は夏目漱石しか思い浮かばなかったので、最後は漱石AIにどうにかしてもらおうと思います。
文字数:350




