黄金色の景色

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黄金色の景色

私は人の心の声が聞こえる。

とは言っても、すれ違う全ての人の声が聞こえるとかそういうのではなくて、自分と会話をしている相手の実際の声と心の声が両方聴こえるという、地味な能力だ。

小さい頃は親に話して、変なことを言うなとよく怒られていたが、小学校に上がる頃には他の人には私と同じように二重に声が聞こえないみたいだということがわかってきた。大学生になった今では実際の声の情報をベースに変に思われないように行動できていると思う。

この変な能力のせいで、人と一緒にいるのがあまり得意でなく友達は少ないけど、同じ学部で数人友達がいるのでそれなりに楽しく大学生活を過ごせている。

 

今日は夏に半分記念受験で採用試験を受けた企業から連絡があって、訪問をした。採用試験は不採用だったのに、どうして呼ばれたのかはわからないが、私は一応スーツを着てその企業の本社ビルに向かった。

もう院試が終わって、4月からは大学院に進むことを決めたけど、大学を通して連絡をもらったから、無下にはできまい。

 

キレイな会議室に通されて、話を聞くと、その企業は採用試験の際の面接の様子を録画していて、その録画データを解析したAIが、私は大変貴重な能力を持っており、私の遺伝子情報が企業の研究開発に役立つ可能性と言っているため、私の遺伝子情報を買い取りたいということらしい。

 

担当者の人が提示した書類には、一千万円と記載されていた。

私の遺伝子情報は匿名化されて個人が特定できないよう管理されると担当者の人が説明する。

「この子がそんな特殊能力を本当に持ってるのかな。まぁ、大学生だし、この金額なら断らないだろ。」

と担当者の人の心の声が聞こえた。

「あのっ、私はそんな特別な能力なんてないので、何かの間違えだと思います。失礼します。」

そう言って、私は足早にそのビルを後にした。

 

外に出て時計を見ると、午後3時過ぎだった。風が強く、寒く感じた。私はトレンチコートの襟を立てて、大学へ向かって歩き始めた。

自分はそんなに変わっているのだろうか。確かに、私と同じように話している相手の心の声が聞こえると言っている人には他に会ったことはないが、そもそも、ほとんどの人は心の声なんて聞こえないみたいだから変に思われないように言わないだけで、私の他に全くいないということはないだろう。

あの会社にとって、一千万円の価値があるのはこの能力なのだろうか。私はこの変な能力があって良かったと思ったことは一度もないけど。

人を怖がらせたり、気味悪がられたりするだろうから、私は他人にこの変な能力を知られたくない。

 

ふと顔を上げると、大通りのイチョウ並木が目に入った。夕暮れに差し掛かり、西日を向こうから受けるイチョウは、まるで自らが黄金色に発光しているかのように見えた。

私は立ち止まり、スマートフォンをかざして写真を撮ろうとしたが、自分が見ている風景をうまく写真に納められなかった。

女性がひとり、私のことを不思議そうに見ながら、私の横を通り過ぎた。

私はスマートフォンをポケットにしまい、再び歩き出した。

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