KAGAYAKI
その街の人々は静かで穏やかな生活をしている。争いごともなく平穏な心を保ったまま生きて死んでいく。そうなるように管理人によって心をコントロールされている。管理人がどんな人なのか、街の人々は知らない。気にしたこともない。その街の人々は、何を見ても、どんな音を聞いても、心は何も感じない。全てのことがどうでもいいことで、ただ黙々と与えられている仕事をこなして毎日を生きている。
街の管理人は真壁という一人の人間だった。真壁は、自分がこの街の人々の心をコントロールしていることを知らない。真壁もまた与えられた仕事をしているだけ。その仕事は、毎日、真壁のもとへやってくる街の人々の脳に細工をすることだった。仕事場として与えられている部屋には、人の脳の中身をいじくってかき回してコントロールする装置が置かれている。朝から晩まで途切れることなくやってくる街の人々の脳を、真壁はこの装置を使って処置している。もちろん、真壁自身の脳も。真壁は街の真の管理人に利用されていた。
街の真の管理人は別なところにいる。それは、街の人々の脳から、視覚や聴覚から入ってきた情報に対して、報酬系における神経伝達物質を介した神経細胞間の活動を停止している。つまり、人々は、どんなに見事な景色を見ても、どんなに素晴らしい音楽を聴いても、快楽を得ることはない。真の管理人は街の人々の脳内からある言葉を削除した。その言葉は、人類の進歩には必要ない、と真の管理人は判断した。管理人は人間ではなかった。
真壁のもとに「あなたの仕事は間違っている」というメッセージが届く。真壁は驚き戸惑い、その日の自分の脳の処置を忘れる。その日の帰り道、真壁は夜空を見上げた。夜空を埋め尽くす無数の星の光が見える。大きな満月が小さな光の点の集合体の中に浮かんでいる。真壁にとっては、仕事帰りに何度も目にしている光景なのに、何故かその夜は足が止まってしまう。夜空から降りそそぐ月の光と降りそそぐような星の光を全身に浴びて、真壁は今まで経験したことのない感情に打ち震えた。夜空から眼を放すことができない。心は喜んでいる。嫌、違う、この気持ちを表すもっと適した言葉がある筈だ。真鍋はその言葉をどうしても思い出すことができなかった。気がつくと真壁の頬は濡れていた。
そこに男が現れた。動けない真壁に近づき耳元で「今のあなたの脳内信号を保存した。これを再現する物をもっと見つけろ」と囁く。「あなたは誰? あのメッセージは、あなたですか?」真壁の質問に男は答えなかった。
脳内信号はアンドロイドに保存されていた。あの男が作ったのだろうか? 真壁にはよく分からない。あの男に家まで送ってもらい、朝になると男は消えてアンドロイドがいた。
このアンドロイドはあの男の分身かもしれない。真壁は、アンドロイドをベルと名付けた。そして、「昨夜の感情は何だったか突き止めて、それを街の人々に伝えろ」と命令した。
そこに突然、二人の侵入者が現れる。「あなたは、不正な感情を心に抱きました。不穏分子として排除します」と真壁に言う。発声音が異様だ。人間じゃないのか? と真壁が思った瞬間、意識は弾け飛んだ。
ベルは創造主の命令に従う。しかし、手掛かりがない。唯一あるのは、創造主がインプットしてくれた、あの夜の創造主の脳内信号だけだった。自分の頭部にある電子頭脳の信号が、あの夜の創造主の脳内信号と一致するように、自分で何かをしなければいけない。何かを探さなければならない。
ベルは監視されていた。外出すると頭上をドローンが追いかけてくる。街の人々もベルを監視していた。真壁に代わる新しい仮の管理人が、人々の脳を操作してベルを追いつめるようにコントロールしているのだろう、とベルは推測する。不穏分子であるベルをこの街から排除するために。ベルは創造主の命令を果たしたかった。ベルにできることは、監視の目から逃れながら街の中を歩き回ることだけだった。逃げ回りながら眼から入る映像をベルは保存した。そして、ベルは気づく。その映像に、電子頭脳が反応していることに。創造主から与えられた脳内信号とは、違う信号パターンだけれど、ベルは胸郭の内部が震えた。太陽が沈むときの空の色の変化は格別だった。ベルはこの感覚を街の人々に伝えたかった
ベルは群衆に捕らわれた。ベルの最後の視界に入ってきたのは、押し寄せてくる群衆の無表情の顔だった。
連行されるベルに男が近づき「よくやった。命令を遂行したな。あとは任せろ」と囁きかける。「あなたは創造主ですか?」ベルの質問に男は答えない。
ベルは夜空に打ち上げられ破裂した。群衆の無表情の顔に色とりどりの光が降りそそぐ。その光をあびた人々の顔から無表情は剥がれ落ちて、眩しいくらいに光り輝く笑顔になる。人々はお互いの輝く顔を見あいながら、奪われていた言葉が心に甦ってくる。
了
文字数:2000
内容に関するアピール
AIに管理されている街の話です。課題から、その街の住人はAIから「美しい」という言葉と感情を奪われている、という設定にしました。ある男は、その事実を知って、アンドロイドを利用して人々の心に「美しい」を取り戻そうとします。
2,000文字以内に収めるために、説明は極力排除してお伽話のようにしてみました。
文字数:150


