霖辰リンチェン

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梗 概

霖辰リンチェン

清王朝はアヘン戦争に勝利後二百年に渡り繁栄を続け皇帝制度と高度な科学技術が共存。電馭サイバーパンク帝都・北京は三次元集積回路のように道路と高層建築が複雑に積層し、空には人工龍バイオテックドラゴンが飛び交う。都の中心、古の姿のままの紫禁城では十五代皇帝・宇冠帝が先帝らのAIアバターへ国家の安寧を祈願していた。
 宦官は非人道的という理由で機械に置換され、皇帝の側にはいつも機械宦官の霖辰が控える。霖辰の視覚カメラは皇帝を常に撮影し、中南海に建つ宮廷科技院の執務席で、霖辰を担当する宦官制作師長の黄承志は皇帝の映像を見ていた。霖辰は宇冠帝の食事、運動、体調、后妃との夜の営みなど人生のすべてを行政数据庫データベースに逐一記録する機械宦官で、承志の養父でロボット技術者だった帰真が十代の頃の宇冠帝に献上したものだった。
 祈願後に霖辰は転倒し、宇冠帝は慌てて承志に修理を命じた。承志は専用工場に霖辰を連れ入口を封鎖すると機械宦官に標準搭載される危機管理パッケージを霖辰の制御AIから抹消した――皇帝夫妻を暗殺するために。
 貧民窟の孤児だった承志は帰真に拾われ実の子同然に愛されたが、宇冠帝は帰真の実の娘を後宮に献上させた。娘は宇冠帝から寵愛を受けたが嫉妬した妃により殺害。帰真は娘の復讐のため暗殺用に霖辰を製造したが献上後に危機管理パッケージをインストールされ計画が破綻、無念の死を遂げた。承志は帰真の意志を継ぎ、刻苦勉励の末に無監査で霖辰の修理ができる師長になった。
 承志は霖辰に短刀を隠し持たせ後宮に送り返す。カメラからの映像を確認すると皇帝夫妻の寝室で宇冠帝がベッドに伏して泣いていた。宇冠帝は漢の初代皇帝・高祖が宦官にさせたように霖辰へ膝枕を要求する。后の子でない宇冠帝は十代後半に嫡男ら異母兄弟たちと皇位継承を巡り殺しあいを繰り広げ人間不信に陥り、即位すると罪悪感と孤独感に襲われ幼児退行。霖辰を親とみなし甘えるようになった。
 承志の命令を受け、霖辰は膝枕する皇帝の首に短刀を向けるが暗殺をためらい制御AIが停止。その間に警備用の機械宦官が寝室に入り霖辰は捕縛、すぐ承志も捕えられた。
 承志と霖辰は同じ牢獄に入れられ皇帝直々に尋問される。宇冠帝は霖辰を責め激怒し凌遅刑を宣告するが承志は霖辰を唆しただけだとして流刑に処した。
 処刑場で霖辰は承志の目前で縛られ、一昼夜かけ部品をひとつひとつ剥がされた。最後は皇帝自らが自分を殺そうとした短刀で霖辰を刺し、「人間なんて誰も信用していない。霖辰、なぜ裏切った!」と泣き崩れた。
 承志は北京から遠く離れた流刑地に送られた。承志が住民のために農業用ロボットを制作している最中、皇帝が突然の事故で崩御したと知った。承志はハッキングして宮廷科技院の数据庫データベースを調べ、画像を見つけた――皇帝が霖辰の墓前で自害した写真だった。

文字数:1200

内容に関するアピール

人間らしさという概念が機械に奪われる現代にあえて古典的な悲劇を書くべきと考え、梗概をつくりました。
 仕事柄、最先端のAIやロボット技術に触れる機会が多く、人間にしかできないことが加速度的に減少している現実を目の当たりにして恐れすら覚えています。
 それでは人間にしかできないことはなんでしょう? それはおそらく子どもを産むことです。
 ロボットに生殖機能はありませんが、皇帝の召使いの宦官も生殖機能をなくした者です。宦官は王朝の崩壊を招いたり皇帝をも暗殺した存在ですが、それでも歴代の皇帝たちは宦官を完全に排除しようとしませんでした。
 神の代理であり人間として扱われなかった皇帝にとって、唯一心を通わせられるのは同じく人としてみなされなかった宦官だけでしたから。
 本作では絶対的な権力者の皇帝が人間でなくロボットを愛してしまう矛盾を描き、古典的でありSF的である権力者の破滅劇を表現しました。

文字数:394

課題提出者一覧