梗 概
ギガ天狗エンジン
近未来、人類は資源の枯渇と環境変動、科学の挫折により、他のすべてのエネルギー源を失い、最も普遍的な位置エネルギーを核とする垂直社会を迎えた。東京の支配的なランドマークは巨大揚水発電システムを内蔵した超高層タワー「レガリア・ハイツ」である。タワー上層(ハイ・ライフ)の富裕層は、高さが生み出すエネルギーと清浄な環境を独占し、彼らの落ち水のわずかな発電力で地上の貧困層が暮らす、垂直階級社会が固定されていた。
地上のジャンク集積所で生きる17歳の少女レツナは現実主義者だが、12歳の少年コータは旧文明の機械工学に傾倒し、重力に抗う幻の技術「天狗エンジン」の設計思想に夢を託していた。二人は、レガリア・ハイツ地下の旧研究所で、天狗エンジンの理論を極限まで高めた巨大機構、ギガ天狗エンジン「マグナム」を発見する。マグナムは、タワーの重力均衡システムを破壊し、エネルギーの偏在を解消するために設計された対抗手段であった。コータは、マグナムの起動にはタワー中央動力室の「重力定数安定化コア」が必要だと突き止める。マグナムは、位置エネルギー変換と同時に、タワーを維持するフライホイールに対回転モーメントを生じさせ、タワーの「軸」を根元からねじ切る設計であった。
マグナムの真の目的は、タワー破壊そのもの以上に、新しいエネルギー基盤の起動にあった。コータが目指すのは、地表や建造物の微細な振動を直接電気に変換する「表面波振動発電」技術であった。この技術は高い持続性を持つ一方、初期の起動にタワーの全出力を上回るほどの強大なエネルギーインパルスを必要とする技術的制約から、重力支配下の社会では実現不可能であった。レツナとコータは、マグナムの役割が、タワーに蓄積された莫大な位置エネルギーを制御不能な形で一気に解放し、その解放エネルギーを起動インパルスとして数千の地上分散型エネルギー受容体を一斉に活性化させることだと理解する。
二人はコアを入手し、地下でマグナムの起動シークエンスを完了させるが、タワーは、地上の街を巻き込む均衡錘の緊急落下を指示。レツナはコータが起動を完了させるための時間を稼ぎ、マグナムは起動する。マグナムは、レガリア・ハイツの重力均衡システムを破裂させ、位置エネルギーを解放し、夜空へと爆発的に噴出する回転を引き起こす。この解放エネルギーが、全ての地上分散型エネルギー受容体を同時に起動させるトリガーとなる。タワーが支配していた漆黒の夜空は、マグナムが放出した光の粒子で満たされ、同時に地上の受容体は静かに稼働を開始する。レツナとコータが地上で見上げた花火は、垂直支配の終焉と、人々がこれから築く、重力に依存しない新しい水平的なエネルギー基盤の夜明けを予感させるのだった。
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内容に関するアピール
スチームパンクやソーラーパンクがあるなら、位置エネルギーが支配する世界とその解放を描く「位置パンク」があっても良いのではないか、というのが出発点です。思えば、位置エネルギーというのは、中学の頃から他とは違う異質なもののように感じられて、そこから想像力を膨らませるのは面白かったです。そういうわけで、タイトルも当然、あの不朽の名作のもじりを、僭越ながら私もやらせていただいたということになります。また、支配の象徴としては、東京のタワーマンション文化が更にグロテスクに進化したものを想定しました。絶望的な格差、重力に抗うことの困難さ、それゆえの上昇への根源的な渇望を現代と共有できるといいなと思います。この支配構造に対し、現実主義者のレツナと夢想家のゴウという少年少女が立ち向かうのですが、私が大好きな作品へのリスペクトです。マグナムが回転してゴールを決める解放感を大事にしたいと思います。
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