ネオ・ラーメン・オデッセイ

印刷

梗 概

ネオ・ラーメン・オデッセイ

環境問題の深刻化から、芋と葱以外のリアル食材が極端に制限され、プラネタリーヘルスダイエットの思想が支配する2075年の日本・埼玉。細胞農学と3Dプリンティング技術が発達し、人々は栄養を最適化した代替食品を作り、脳内ナノマシンのエンハンスメントによって味覚をデジタル操作するのが日常となっている。

17歳の高校生アオトは、この時代において異端な存在である家業のラーメン屋「真海-SHINKAI-」に強い拒否感を抱いていた。店を営むのはアオトの母と二人の伯父、通称ネオラーメン三銃士だ。母のナギサはハイパーパーソナライゼーションAIの専門家として個別最適で高い栄養価を生む次世代ダシを開発し、長兄のヒロウミはナノマシン工学の権威として客の味覚や嗅覚を究極にカスタマイズし、次兄のワタルは3Dプリンティングとロボティクスの技術を駆使し一瞬で麺や具材を培養・調理するオートメーションシステムを設計している。

母たちのルーツは、かつて海のない埼玉で「煮干しの魔術師」と呼ばれたアオトの祖父、リクオの店にある。祖父は、東京都との間で勃発した内戦によりリアルな海鮮食材の流入経路が途絶えたいわゆる「超内陸」により失意に沈んだ。その魂を救うべく、未来技術のエキスパートとなった三兄妹が立ち上げたのが「真海-SHINKAI-」であり、彼らは煮干しラーメンという失われた食文化をテクノロジーで再構築し、世間の注目を集めていた。

アオトはデジタル操作された偽りの味を忌避し、本物の食材だけを密かに扱う非合法組織イロドリに参画していた。彼の目には、母たちのやっていることは食の本質から逃避したまやかしにしか映らない。ある日、アオトのふとした行動がきっけとなり、「真海-SHINKAI-」のシステム脆弱性がイロドリに露見してしまう。結果、店は客のナノマシンを暴走させ味覚を破壊するデジタルテロ攻撃を受け、存亡の危機に立たされる。

この切迫した状況下、アオトは母のラボから祖父が遺した「究極の煮干しラーメン」のデータログを発見する。データを解析する中で、祖父が目指したのは単なる美味しさではなく、「失われた海を思い起こさせる」メディアとしてのラーメンだったことを知る。祖父が守ろうとしたのは、食が持つ「情報を伝える力」だったのだ。アオトは、本物へのノスタルジーから脱却し、未来技術を駆使して祖父のラーメンを完成させる使命感に目覚める。

鍵となるのは、三銃士の技術統合と全体性だった。完成されたラーメンとは要素の集合ではなく、全体性が表現されたときその先に「リアルな海の情景」が産まれる。アオトのラーメンは、本物の海を見たことのない埼玉の人々のに、潮の香り、波の音、そして平和な時代の記憶をフラッシュバックさせる。アオトは、祖父から母たちへと継承されたラーメンの魂を未来に繋ぐ後継者となり、デジタル時代における食のあり方を問い始める。

文字数:1197

内容に関するアピール

2075年という時代を、食のサステナビリティと技術進化の視点から切り取ってみました。この『ネオ・ラーメン・オデッセイ』は、食の未来と人間の記憶をテーマに描く家族の絆の物語です。舞台は、芋と葱しかリアルに存在しない「超内陸」と化した埼玉。ここでは味覚のデジタル操作が常識となっています。私が描きたかったのは、食を取り巻く環境が激変したとき「食の何が変わり・変わらないのか」という問いです。17歳のアオトは、細胞農学や3Dプリンティングを駆使する未来のラーメンを忌み嫌います。しかしデジタルテロ事件を経て彼は、食事とは味の総和ではなく、記憶や風景を思い出させるメディア装置の役割があると気づきます。現代のラーメン評において、味にまつわる様々な情報に囚われることは「奴らは情報を食ってるんだ」という有名な皮肉に代表されるように決して肯定的に見られていません。しかし未来においては、どうなるでしょうか。

文字数:397

課題提出者一覧