梗 概
A+の眠り
晃には何度も見る夢があった。大学生の自分が成績表を見て、単位が二つ足りず留年が決まる夢だ。絶望の中で目を覚ますと、現実では彼はすでに大学を卒業し、企業で研究職に就く35歳になっている。
睡眠障害や悪夢が「解決済みの問題」となった時代。国が認定する《最適夢プロトコル》が全市民に適用され、入眠速度や深睡眠比率は数値化され、睡眠は常に理想値へ最適化されていた。悪夢や金縛りは統計上ほぼゼロとなり、人々は快適な日常を送っている。
この最適夢プロトコルを開発した研究チームに、晃自身も所属していた。しかし彼だけは、導入後も同じ留年の悪夢を繰り返し見る。睡眠評価はAで医学的異常はない。同僚の拓良によれば、都市部で長時間労働に従事する高年収者の一部に限り、「取り返しのつかない失敗」を描いた同一構図の悪夢が報告されているという。
晃は拓良から、後輩研究者の更紗を紹介される。彼女は成果を上げる一方でミスが多く、問題視されていた。更紗は睡眠の最適化を無効化し、酒を飲み、不眠不休で研究する生き方を選んでいた。彼女は密かにアンチプロトコルを開発しており、その状態でも成果を出しているのを見て、晃はある仮説をもつ。
調査の結果、晃たちが設計した最適夢プロトコルと、国が実際に頒布しているものが意図的に改変されていることが判明する。拓良は真相を明かす。プロトコルは国民の健康ではなく、生産性向上のために作られたものだった。99%の一般労働者には睡眠最適化が有効だが、1%の異常者には後悔や嫉妬の悪夢を与え、不安によって現状に満足させないほうが爆発的な成果を生む。それが「A+の眠り」だった。
晃自身も、かつて留年と不眠に苦しんだ落ちこぼれだった。取り残される恐怖を原動力に努力し、その恐怖を抱えたままプロトコルを完成させたのは他でもない彼自身だった。
更紗が成果を上げながら評価されず、チームから外される。更紗は「自由ならいい」と言って微笑むが、その目は虚ろ。「君は本当に、自由だと言えるのか?」と問うと、更紗は壊れたように笑い、泣き崩れる。その夜、晃は悪夢の続きを見る。落ち続ける追試と「いつまで追試受けるの? 大学やめれば?」という試験官の言葉。晃は恐怖そのものからの解放を選ぶ。
晃はA+でも更紗の自由でもない第三の選択として、脳内の負債を完全に消去する《最適“無”プロトコル》を起動する。全国民の睡眠評価はAやA+から「N」へ置換され、不安や劣等感は消失した。「更紗、君は地獄から解放されるんだ。本当の自由は、恐怖に縛られない世界だ」。
数年後、晃はA+が並ぶ成績表の夢を見るが、何も感じない。朝、彼はよく眠れた理由を考えようともしない。晃と更紗は家庭を築き、穏やかな生活を送る。不安も喜びもない世界で、彼らの人生には、もはや眠れないほど大切なものは存在しなかった。
文字数:1194
内容に関するアピール
怖いもの
「留年する悪夢」を何度も見ること。
その悪夢が怖いものである本質
自分だけが周りから取り残される事への恐怖。己の怠惰により落ちこぼれ、取り返しがつかなくなってゆく恐怖。それらの恐怖を、まるで忘れさせないように、定期的に突きつけられる恐怖。
問い
周囲と自己を比較し不安になる恐怖は人間に必要な恐怖なのだろうか?捨てたらどうなるだろうか?
テーマ
「睡眠の質」SF
構成
・謎に迫る展開
・国家の陰謀モノ
・お仕事小説の系譜
・ユートピア/ディストピアに至る結末
メモ
A (Aggressive / Anxiety): 不安と攻撃性を維持させる、トップ層のための「覚醒的睡眠」。
+ (Plus): 常に「もっと(More)」を求め、現状に満足できない呪い
文字数:312




