ハピタブル・モーション

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梗 概

ハピタブル・モーション

モンテッソーリ教育の教師がある日、特化型AIの仕様開発をする友人と再会し、話をするうちに、自分の仕事とAI技術との接合案を考えるようになった。職場の幼稚園は消極的だったが、提案を聞いた父母が盛り上がり、対話の場ができる。教育にAIを導入する新しい試みが始まるのだった。


「人類は、コズミックオーガナイゼーションと呼ばれる壮大な宇宙有機体の一つの器官なのです」

マリオ・M・モンテッソーリのこの言葉に出会った時、道解綾子は何か、ワクワクした。まるでSFの中の言葉のようだが、1世紀前に生まれた教育法を唱える教師の口から発せられたものだ。ただ繰り返していた日常が、何か大きなものにつながったような気がした。
学びとは、人間とは何なのか。そして、こんな言葉を教師が放つモンテッソーリ教育とは、一体何なのか。

8年後、モンテッソーリ教育を実践している幼稚園に就職をした綾子は、忙しい日々を過ごしていた。

ある日、一本の電話がかかってくる。大学で知り合い、よくモンテッソーリの話を聞いてくれていた羽富からだった。今度、会社でAIの部署を立ち上げることになった。モンテッソーリで確立されている科学的な人間発達の認知と実践による再現に、AIの学習及び認識技術に共通するプロセスを見ている、という。

話を聞かせて欲しい。そういう羽富と約束の日を決め、綾子は会いに行った。

喫茶店で落ち合い、教師になる過程で得た知識と学会で更新されたモンテッソーリの教義に関する基本、子どもの成長のために使われる特殊な教具についての説明をする。現代の子どもを取り巻く環境、それに対する問題意識、職場環境などにも話題は及ぶ。

羽富の方も、今扱っている特化型AIの使用について模索中であることを話す。立ち上げたばかりのAIチーム内でもAIについての認識やビジネスとしての目標を統合する困難さを伴うこともだ。綾子に聞いていた人間の発達に関するモンテッソーリの教義と特化型AIの学習に関する共通点、相違点、応用として試みたい実験の話など、話が尽きない。

羽富と話している間に綾子は教育の場への特化型AIの実装を考えるようになる。二人で盛り上がるが、教育現場の変化は実情としてゆっくりだ。ただでさえモンテッソーリが基盤とするカソリックの教義と相反する印象の強いAIを教育に技術導入するには、根拠のある提案と同意形成が必要だ。難しい。綾子は躊躇する。

しかし、転機が訪れた。幼稚園の父母の中から声が上がったのだ。父母からの働きかけにより、導入を仮定した園側との対話の場を持つことができた。代替可能な手続きのリストが出される。それに綾子を始め、園側も少しづつ参加していく。

綾子は、羽富を園や父母らに引き合わせた。羽富も、「創造する人間の教育」という分野の新しい試みへ自らの持つ特化型AIの知見や技術を使って参加できることに、これまでにない高揚を感じるのだった。

文字数:1197

内容に関するアピール

テーマは、モンテッソーリ教育×AI技術です。

この八月に、日本モンテッソーリ協会第(学会)50回全国大会へ一保護者として参加いたしました。
SF的な切り口からも人間の根幹が語られるように見えるモンテッソーリ教育の理論と実践は、将棋の藤井四段の登場や世界の名企業の経営者を育てたことで、一躍脚光を浴びています。

時代の変化の中で、新しい技術への不安や恐れを、どういったアプローチで、問題に向き合う力に変えていけるのか。また、「技術により変わらない」ことをあえて選ぶとするならそれは、どういう道筋でなのか、モンテッソーリの理論や実践は、教育の場だけでなく、このような人間同士が生きていく上でのヒントを提示してくれています。

この二つのテーマがクロスするまでの瞬間を描くこと、
少し先の未来を小説という装置で試みられた実作が、現在の理解やお話をする際のプラットフォームとして活用できないかと考えます。

文字数:392

課題提出者一覧