梗 概
人声鬼語
神楽の音がまだ響いている。夜更けだというのに。
祭りの喧騒を知らず、村外れに潜むようにしてある俺たちの小屋に、大ぶり小袖を着た女が訪ねてきた。女は何も言わず細帯を解き、肌を見せた。白い肩からほっそりとした腕が伸び、腰からは――また腕が生えている。
鬼の呪いのせいだという。
「貴方に会いに来ました」
山を三つ越えた先にある野辺地村は、鬼の手に落ちた。女はそこから命からがら逃げ、俺たちに助けを求めにきたのだ。言下師の一族である俺たちは、祖霊の力を借り怪異を祓うのが仕事だ。
――安請け合いしないほうが良い。
弟はそう言うが、俺は無視を決め込む。
受けない理由はない。鬼は俺たちの敵だからだ。
野辺地村に向かうが、鬼の姿は見えない。
――酷いことをする。
弟が同情したように言う。
村人たちは異形の者になっていた。腕が増えているもの、右足だけやたらと伸びたもの、顔いっぱいに眼球があるもの。鬼は村人に呪いをかけ、躰から新しい部位を発芽させると、それを刈り取って食い物にでもしているらしい。
強大な呪力に、釣り合わぬ几帳面さ。
この鬼は俺たちが探している仇かもしれない。
鬼の足取りを追わなくてはならないが、探しものは俺の性に合わない。
――じゃあ僕の番だ。
兄さんは、鬼により八つ裂きにされた僕から記魂を抜き取り、自らへと宿らせてくれた。そのときから、二人でひとつの身体を分け合っている。
僕は兄さんと入れ替わり、鬼の足取りを探しはじめる。村人に聞くと、どうやら発芽した身体を刈り取りに来ているのは、鬼ではなく下働きのものらしい。鬼に従う人が居るということだ。
僕は人捜しに長けた祖霊を降ろし、噂を辿っていく。どうも、このところ急に羽振りが良くなった北斗村が怪しい。
村ひとつが相手となると、一人で乗り込むわけにはいかない。僕が手を考えていると、
――相手がわかったなら、なぜ悩む。
俺が北斗村へ向かおうとすると、弟が止めにかかる。村を相手取るなら、「ナカガミサマ」の力を借りるべきだという。二人の力を合わせ、やっと降ろすことができる神霊のことだ。
だが、おれはまどろっこしいことは嫌いだ。
俺は北斗村へと乗り込む。
「恥知らずども、村長を出せ。野辺地村の話を聞きに来た」
刀を握った村人が飛び出してくる。祖霊の力を借りるまでもない。おれは、弟へ呼び掛ける。
――やるぞ。
弟の右目が村人を捉え、俺の左手がそいつを袈裟懸けに切る。二人でひとつの体を操り、鬼の手先どもを真っ二つにしていった。
だがさすがに多勢に無勢。追う傷の数が増えてくる。段々と意識が遠くなってくるが、俺は鬼を殺すまでは死ねない。
薄れゆく意識のなかで、ナカガミの声が聞こえた。
――後は私に任せてくれ。
時間がない。私は北斗村の手下どもをスパスパと刻んで、急いで故郷の村へと戻る。
人の気配が消えている。
村の中心で、助けを求めに来たあの女だけが居た。
「やっと会えましたね」
見せつけるようにゆっくり小袖を脱ぐと、白い裸体に繋がれていたのは無数の腕、耳、目・・・。刈り取られた村人たちの身体だった。
私には、彼女の行いが理解できた。
ナカガミと呼ばれた私は、神霊などではない。
言下師が聞いているのは祖霊の声ではなく、失われた時代のミームである。記魂という分子器官に保管された情報を、自らに宿らせているのだ。
1000年前の終局戦争により、人類は滅亡の縁まで追い込まれた。
そこで、人類の英知を保全し、再興するための存在が生み出された。そのひとつが、言下師の一族である。習慣・技能の情報塊である「記魂」と呼ばれる分子器官が、脳に埋め込まれているのだ。
そして、兄が死亡した弟の記魂を自らに取り入れた結果、ふたつの記憶領域を統合する上位存在、つまり私が形づくられた。
女もまた、その身に人類再興のための技術を宿しているのだろう。
人類の脳は、過剰な能力を秘めている。水頭症により頭蓋内が95%空洞になっても、残りの5%だけで十分な知性を発揮できる。女が人間の身体を自らに接続しているのは、入出力部位を拡張することで、脳の機能を限界まで引き出そうとしているためだ。
鬼である女は微笑んで、
「最初からわかっていました。自分を理解してくれるのは、同じ超越種の貴方だけであると」
私は首をかしげる。
「何を言っている。お前は、祓うべきただの鬼だ」
当然、我々は戦うことになる。
彼女の拡張部位を切除することで、知性低下させることに成功する。
だが私も傷を負い、活動限界が来る。
――体中が痛い。
俺が意識を取り戻すと、目の前には傷を追った女がいる。
「知っているのだぞ。お前は食ったのだろう、弟の脳を。鬼を倒そうなどと言うが、お前は何だ」女が叫ぶ。
俺は腰の短刀を抜き、女へと投げつける。
「俺は、鬼を殺す者だ」
短刀が突き刺さった手だけを残し、女は消えた。
甲に薄いあざが残るその左手は、幼いころ握った弟のものだった。
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内容に関するアピール
◯非常に刺激的で楽しい1年でした。大森先生をはじめ、講師の皆様、編集者の皆様、そしてスタッフの皆様、本当にありがとうございました。
◯最終課題は、この1年で学んだことを全てつぎ込んだ小説にします。
◯SFを書く魅力のひとつは、見ることのかなわない彼方を幻視できること。この小説では、人類が種の頂点から陥落する瞬間を描きます。
◯主人公が内包する3つの視点(俺・僕・私)により、作品世界を立体的に立ち上がらせます。
◯とにかくこれでSF創作講座も最期ですので、「フルパワー100%中の100%」を出します。
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