梗 概
ラゴス生体都市
セックスがタブーとなり、〈生体都市〉が市民の生殖を管理するようになった近未来。ハリウッド、ムンバイを超え世界一の映画都市となったラゴスで、セックスレス社会に異を唱える反社会映像同盟〈アフリカ・シュライン〉が設立される。彼らの撮るポルノ・ムービーを評論家は酷評し、富裕層も非難を浴びせるが、労働者層はこれを支持。なかでもスタジオ〈クーラ・ロビトス〉の看板俳優ラム・パンチの、死地に趣くような面持ちで性交する姿は「ナイジェリアに降り立ったエルヴィスの再来」と反響を呼び、映画を見て失神する女が続出。ポルノ・ムービーは当世ナイジェリアにおける最もドープでエクストリームな反社会活動と認知され、ノリウッドはポルノ黄金時代を迎える。
これに伴い市民は生殖にまつわる生体都市のシステムに疑念の目を向け始める。事態を憂慮した政府は〈ポルノ・テロリズム法案〉を可決。アフリカ・シュラインをテロリスト指定し、泥沼の内戦時代の負の遺産である〈焚像官〉の役職を臨時復活させて殲滅に乗り出す。〈保全局〉の女ボス・マジェスティックの片腕アッシュも新たに〈焚像官〉に任命される。それは近頃〈クーラ・ロビトス〉支持者の疑いをかけられているアッシュに対する、「嫌疑を払拭して保全局と政府に忠誠を示せ」というボスからの暗黙の要求だった。
筋金入りのクーラ・ロビトス贔屓であるアッシュは、保全局とアフリカ・シュラインの間で板挟みとなり頭を抱える。そんな折、美女焚像官ブリュネットのタレコミにより、昨今ラゴス街頭に出回っているVCDの存在を知る。今やデッドメディアを通り越し科学遺物とでも呼ぶべきVCDに収められた、断片的かつ抽象的な映像は、ある特定の〈情調〉を生み出して視聴者を支配するという。曰く、感動も洗脳も思うまま。
〈情調制御〉を利用してポルノ・ムービーをメジャーに発展させれば、ラゴスに〈セックスの春〉が訪れるだろう。世論をひっくり返して〈アフリカ・シュライン殲滅作戦〉を中止に持ち込むことも可能だ。アッシュは殲滅作戦予定日をデッドラインに定め、匿名VCD作者の捜索を開始する。マココのブートレグ販売店で一枚のVCDを入手すると、裏で動いていたブリュネットから兌換プレーヤーを譲り受け、再生した映像から作者の居所を突き止める。
砂嵐吹き荒れるサヘルへと追いやられた〈石の部族〉のキャラバンでVCD作者と接触する。年端もいかぬ少女、名前はティワ・ネカ。
石の部族はあらゆるものに神を見出す。オグンは祝祭の日の食事に宿る。剣や鉈など武器に宿る。近年はモダナイズが加速し、オグンはタクシーの神に、ショッピングモールの神に、果ては自動運転車の神になった。ティワ・ネカはスクル族長である祖父に与えられた自身のコンピューターにもオグンが宿っていると言う。そして砂嵐の止んだサヘルの奇跡の夜に、石と砂と砂漠に棲む獣の血を用いた陣を描き、中心にコンピューターを祀ると、音声映像化アプリケーションを起ち上げ、月の沙漠で幻想的な部族の儀式を執り行う。〈情調〉が映像に宿る。
〈情調〉の付与先は映像に限らない。あるいは音楽、あるいは呪文、素っ気ない文法、単語の羅列。彼女がこの力を手にいれたのは幼年期、9年におよぶ泥沼の内戦〈第二次ビアフラ戦争〉末期に負った傷がきっかけだった。
アッシュはティワ・ネカを騒動に巻き込むことをよしとせず、〈クーラ・ロビトス〉のオーナー・ブギ・ナイトと通信して、〈アフリカ・シュライン亡命計画〉をぶちあげる。しかしブリュネットの裏切りに遭い保全局に包囲される。ブリュネットは、「ティワ・ネカの身柄を引き渡せば、逃亡の企ては忘れ、マジェスティックに伝わらぬようもみ消してもいい」と提案。ブリュネットはアッシュの元恋人だった。
アッシュはブリュネットの提案を受け容れラゴスに帰還、改めてボスに忠誠を誓うがそれは偽装だ。アッシュはティワ・ネカに託された〈情調言語〉を用いて生体都市に干渉、都市の情調を書き換える。生体都市は活動停止状態に陥る。
これこそが〈情調制御〉の原理だった。出生に始まり、気温、天気、食事、仕事、人間関係に至るまで、生体都市は市民の生活全てを制御する。〈情調〉とは、そんな生体都市の設定を改竄するハック・モジュールなのだ。人に対する作用は、あくまで都市の設定改竄から生じた間接的影響に過ぎない。
ティワ・ネカを救出して都市中枢ジオフロントへ降下する。生体都市の核である半永久供給装置〈貯蔵体〉がそこに鎮座している。〈貯蔵体〉とは遺伝子操作技術、クローン技術、ブードゥー死者蘇生術の粋を結集して生み出された不死の奴隷、カロリーを搾取するためだけに再生と再利用を繰り返される巨人——その正体は、政治腐敗によって第二次ビアフラ戦争を引き起こし、新政府によって幽閉された戦前の独裁者レナード・ディヴァイン・シャガリのなれのはてだ。
ティワ・ネカは生体都市の情調を極限まで抑圧する。レナード貯蔵体が壊死し、カロリー供給が停止する。都市を保護する防塵フィルターが消滅し、サヘルの巨大な砂嵐がラゴスを襲う。
都市からの避難を図るヨルバ人が生んだ破滅的な交通渋滞のなか、アッシュはティワ・ネカを抱いてスケートボードを駆り、元同僚の焚像官ども——ブロンド、レディッシュ、ジェット・ブラック、メンヘラ化したブリュネットらの追跡を振り切って生体都市を脱出する。
文字数:2386
内容に関するアピール
コンセプト
オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』をメインコンセプトの着想元とした。『すばらしい新世界』が「ディストピア化した未来」を描くのに対して、本作は「ディストピア化しつつある近未来」を描く。そんな時代設定の下、『すばらしい新世界』が「性の開放=エロいことをすることがエチケットになった世界」を描くのに対して、本作は「性のタブー強化=エロいことをすることが一応禁じられたものの、過渡期なのでかえって反社会的でかっこいいと思われてしまう世界」を描く。
こうした価値観の転倒によるシリアスな笑いを標榜する。ポルノスターがでかいスクリーンの中で腰を振り、往年のロック・ファンのような観客たちがそれを見て痺れ、涙を流すというような。
その他
・ナイジェリアは現在アメリカ、インドに次ぐ第三の映画大国であり、近年では「ノリウッド」と呼称される。ナイジェリア最大の都市であり、アメリカのハリウッド、インドのムンバイと肩を並べる映画の街ラゴスを舞台に、ナイジェリアが世界一の映画大国となった近未来を描く。
・日常の中に「呪術」が浸透するナイジェリア、ひいてはアフリカの空気を作品に取り込むことを試みる。テクノロジーの分野にも呪術は影響を及ぼしているはず。うまく落とし込めばSFとしてユニークなものになるのではないか。
・〈焚像官〉はいうまでもなく『華氏451度』に登場する〈焚書官〉のオマージュ。本作では映画を取り締まる。(以下設定)焚像官:第二次ビアフラ戦争時、映画が民に与える影響力を危惧した独裁者レナード・ディヴァイン・シャガリが言論統制のために設立した、政府に仇なす映画を抹消する使命を帯びた特務機関。終戦後撤廃されたが、〈ポルノ・テロリズム法案〉の可決に合わせ復活した。
文字数:731