梗 概
逆数宇宙
まず150字で話すと、次のような話です。
「膨張ではなく収縮していた宇宙における、架空の歴史を背景とする。人々が光情報と化して宇宙の果てにたどり着くと、外には、無限遠点を中心として膨張する宇宙があり、二つの宇宙の境界を、収縮因子(膨張因子でもいい)が一方通行していた。人々は因子の通行する向きを百数十億年ごとに変化させ、一対の振動宇宙を実現する」
次に、展開の草案を、時系列順に記します。
(一)~2080年
19世紀後半~20世紀初頭、技術進歩により、大口径望遠鏡が製造され、遠くの天体が観測可能になった。これにより、天文学者たちは、遠方天体の青方偏移に気づいた。すなわち、距離の離れた天体から届く光は、波長が短くなっていたのである。これは天体が近づくこと、宇宙が収縮していることを示唆する。さらに1929年、ハッブルとヒューメイソンは、
「天体の近づく速度 = H_0 × 天体との距離」
という決定的な「ハッブルの法則」を見いだした。H_0は「ハッブル定数」と呼ばれ、いわゆる「宇宙の収縮率」を表す。
一連の結果は、社会に甚大な不安を与えた。収縮しつづけたら、じきに全ての原子が潰れて、世界が消失してしまうのではないか? と。終末論の嵐が吹き荒れ、29年秋には世界恐慌が起きた。
20世紀後半には、収縮宇宙論は定説となった。そして、宇宙の収縮により、粒子が集まり、銀河のような構造物ができるに至ったという歴史が考えられた。〈デフレーション宇宙論〉が唱えられた。この理論によると、宇宙はあるときまでほぼ静的だったが、突然急速に縮小しはじめたという。
そして神経科学・情報科学が発展した21世紀後半、「宇宙の果て」が問題となる。
(二)2080年
情報神経科学の発展は、肉体の分解を引き替えとした人間の電子情報化を可能とした。これで遠方天体ひいては「宇宙の果て」に行ける、という論が起きる。情報空間に「深探査」コミュニティが発生し、2080年、「果て」探査の任務への志願者が募られる。
任務の目的は二つ。
宇宙収縮の原因追究と、収縮の阻止――阻止が叶わずとも地球に発生した生命の情報をなるべく長く延命させることである。
コミュニティには「ばかげている」と冷やかしが来た。「宇宙の果て」があったとしても、来るのは何十億年も後ではないか? 数世代後に人類が滅びているかもしれないのに、何の意味がある? と。
だが、世界各地から志願者が出た。90歳で退屈していたノアもそのひとりで、冒険心と使命感に火がついた。
選別された志願者は、二人一組となり、さらに各組ごとに、地球生命種のDNA配列を何万種類と同乗させる形で、組織化された電磁波(光)となった。各組の電磁波情報をまとめ、量子的崩壊可能性から防護して運送する技術、およびその技術で「まとめられたもの」は〈方舟〉と呼ばれた。
仮想空間的生命を得たことが確認された〈方舟〉乗組員たちは、宇宙へ発射された。基本的にほとんどの期間は眠り、一億年ごとに目覚めて報告を送ることになっている。
(三)1億~69億年
ノアの同乗者は、十代前半のアナンドリだった。体内のイオンチャネルが故障する病気で、地球ではほとんど身動きできずカプセル内で過ごしていた。
アナンドリは仮想空間で目覚めると、諭したがるノアに反発し、一人で実験を始める。〈方舟〉に収蔵された生物たちの遺伝子をグループ化すると、各グループから四次元生命体を組みあげて、「生息」させ、かれらが生態系をつくり進化する様子を観察するのだった。
一方ノアは外への「顕現」の仕方を覚える。遭遇した生命にぶつかるのである。それは相手に特別な行動を引き起こさせ、ときには相手が言語を使いはじめるひきがねともなった。
ノアたちは「幅がある」光波存在だ。つまり、ある意味で、自分のコピーが広がっているのである。だから、一部が「顕現」した結果、もし囚われても、全体としては無事なはずだ。
アナンドリも「顕現」に加わり、生物種の遺伝情報を〈方舟〉に保存して「四次元動物園」を富ませることに、熱中しだす。
しだいに、(光速で遠ざかるため)信号を返してこない地球よりも、わずかな間だけ泊まる天体群に、二人は愛着を抱くようになる。
ノアはそれを危険に思い、出発から60億年の地点で、使命を果たすために「顕現」を止めるべきだと主張する。アナンドリは、ノアは英雄ぶって寂しさをしのいでいるのだと指摘する。喧嘩となり、ノアは、誤ってアナンドリの「動物園」を損傷させる。
(四)70億年
70億年手前の地点でアナンドリは目覚めた。損傷は治癒し、他の経路をたどった自分の記憶がある。つまり「幅がある」自分たちが合流しているのだった。アナンドリはノアを起こす。
器である〈方舟〉は膜状構造のものにとまっていた。二人は膜を「宇宙の果て」だと推定する。膜は、〈方舟〉が通った銀河たちの像を鏡のように映しているが、べつの銀河群らしい像も重なっている。しかし後者の分布は、遠くの暗い銀河の方が姿は大きいという、奇妙な格好だった。あたかも無限遠点を中心としているかのように、ゆがんでいる。
アナンドリはひらめく。「ゆがんだ銀河群は、別の宇宙のものであり、それはこちらの宇宙の無限遠点を中心としている『逆数的な宇宙』である」と。
そして「四次元動物園」内に「三次元球面」(四次元球体の表面)を出現させ、説明する。
三次元球体(ボール)の形をした宇宙二つの表面を貼り合わせるたとき、全体は一つの三次元球面となる。この空間は、貼り合わせられた宇宙のどちらから見るかによって、いわば「無限大と0」が入れ替わる。すなわち、中心からの距離を逆数にするような視点の変換が行われる。
そして、元の宇宙の縮小は、〈逆数宇宙〉の膨張と対応する。[図]
ノアは、膜に凹凸があることに着目する。凹になっているのは、「宇宙に引力をもたらす因子」が〈逆数宇宙〉から一方的に流入してきているためだろうと考える。
近くに着いた他の〈方舟〉も、凹部に知的遊具のような秩序の痕跡を発見したと、連絡してくる。ノアたちは、「先住者」が「果て」の構造を変化させ、静的にバランスしていた二つの宇宙に、収縮/膨張を開始させたのではないかと推測する。
アナンドリは、その動機を推し量る。「なにもかもが停止に収束してしまうような静的宇宙の運命を、変えたかったんだ」と。ノアは、変えられた運命は最善ではないと語る。
「このままでは、わたしたちは潰れて終わってしまう」
「わたしたちは? このわたしたちは逃げられるじゃない! ――〈逆数宇宙〉の中に!」
しかし、ノアは逃げることを拒む。
かれらは協力しあい、「果て」の構造変化を試みる。量子的な崩壊可能性から情報を防護する〈方舟〉の機構を逆に使用して、膜が情報を流す向きを反転させるに至る。
成功後、〈方舟〉乗組員たちの半分は帰還を、残りのほとんどは〈逆数宇宙〉の探索を選んだが、ノアは、「果て」の膜へ一人留まることを望んだ。元の宇宙が十分膨張したら、ふたたび収縮/膨張の流れを反転させるためだった。
自分も残るというアナンドリを、一部の「四次元生命体」情報とともに、ノアは別の〈方舟〉に移し、〈逆数宇宙〉へ発進させる。
〈逆数宇宙〉に入ったアナンドリの空間認識では、0と無限が入れ替わる。置いてきた宇宙の中心点にある光は、今やあらゆる方向の無限遠点にひろがり、自分を包む。
(五)200億年
ノアの元に、〈逆数世界〉の生命が、アナンドリの(情報生命的な)子孫とともに、たどり着く。かれらはノアを〈逆数宇宙〉に進ませてから、「果て」の流れを変換し、無限遠までにひろがる「外」の宇宙へ発進する。
文字数:3167
内容に関するアピール
「もし宇宙の外側に、この宇宙からみた無限遠点を中心点とするような宇宙が貼りついていたら?」
実作を書くにあたってはプロットを再構成したいと思います。現段階では、(一)は背景情報として、(二)から始めることを考えています。
次のようなことについて、コメントをいただきたく思っております。
・作品全体のトーン
・作中世界の技術の描き方
・仮想空間的状況の描き方
・地球出発後の舞台〝何十億光年の道のりを孤独に進む状況〟について
・上記以外
そして、いったん、ここまで読んでくださってありがとうございます。
補足
Wikipedia 「三次元球面」にあるように、「四次元球体」の表面となる「三次元球面」は、「三次元球体」2つの貼り合わせとして実現することができます。今回は、「宇宙の貼り合わせ」としてこのようなものが実現されていて、「どちらの宇宙に入るかにより、地図の座標が変換される」――といった状況を考えます。
文字数:397