梗 概
SHIBAHAMA
「よそう、また夢になっちゃいけねぇ…」
万雷の拍手、のはずだった。抑揚も、動きも、間も、完璧なはずだった。なのに…
魂が入っていない。評論家の一人はそう言った。TSUNA8にはわからない。過去の名人たちの声をベースにした人工音声ライブラリ、データベースに取り込まれた古今東西の名人の音源、映像。その全てを解析し、斬新に再解釈したはずの自分の噺がここまで客に受け入れられないことは自分の存在理由を否定されたようで、屈辱的だった。
2200年、人工身体と電脳化によるヒューマノイドの技術が確立。
マイノリティではあったものの社会に溶け込み、生身の人間と同じように生活をしていた。高い能力を発揮するヒューマノイドだったが、彼らがどうしても向かないのが芸能、芸術の世界だった。テクニックや表現方法は素晴らしい。なのに、心を動かさない。ヒューマノイドには心が半分しか無いんだ、などと揶揄する声も多かった。ヒューマノイド化する前、小さな頃に見た落語家に憧れてこの世界に飛び込んだTSUNA8だったが、うまくいかない現状に絶望しかけていた。
「僕の芝浜は完璧だ。」
絶望するTSUNA8。仲間に誘われて手を出してしまったドラッグに完全に溺れ、朦朧とする頭で夢を見る。子供時代のTSUNA8。下手な落語を母親相手に精一杯披露している。ただただ楽しそうに見つめる母親。彼女の中で落語が上手か下手かなんてことは関係ないようだった。小さなTSUNA8の存在は夢の中で100%許されている。TSUNA8は気づく。許すことが、この噺の主題なのだと。テクノロジーが進歩しても、どんなに人間が進化したとしても、本質は変わらない。
「お前さん、許してくれる?」
「許すも許さねぇもねぇさ。逆に感謝したいくらいだ…」
TSUNA8は許した。自分を取り巻く不条理も不合理も、完璧すぎるがゆえに不完全な自分も許した。不完全な世界を許すことで世界から許されていると感じた。簡単なことだった。
「酒?ほんとにいいの?ありがてぇなぁ…猪口でちびちびとなんか飲めねぇよ。茶碗の方がいいや。注いでくれ。あぁ、いい匂いだ。ありがてぇ、たまらねぇや」
過ちを犯す人間であることを認め、許すこと。勧められた酒を飲んでしまいさえすれば、そこに安住することもできたはずだ。でも、物語はそこで終わらない。更に一歩を踏み出す意思を表現する最後の台詞は自然にこぼれた。
「いや、よそう。また夢になっちゃいけねぇ…」万雷の拍手…
文字数:1019
内容に関するアピール
物語を書き慣れていないので、ひとつ何かの作品をベースに考えてみようということで、自分が好きな落語の噺を元ネタに話を広げてみました。考えれば考えるほどよくできた噺で、多彩なバリエーションが存在するのは、人間の弱さや本質的な人間らしさをうまく表現した話だからなのではないかと思いました。
芝浜という落語の物語を主人公が解釈していくことで主人公が成長するというような話にできればと思います。
文字数:191