不在のパゼッション

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梗 概

不在のパゼッション

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最終課題(梗概PDF用)

 自動歩行が可能な自走道路ベアリングロードが主要幹線をすっぽり覆い、4Dプリント時間差出力された建造物は自動建築・補修され、人工子宮での代理出産が多数派を占める近未来。大半の職が「趣味」と化す中、〈文子人形ぶんしにんぎょう〉――実体をもった可変の人工物質、〈文子ぶんし〉からなるAIが、経済・社会を牽引していた。

 平成ひらなりも、趣味でエージェント業を嗜む男のひとりであった。公私の相棒は女性の文子人形である音入ねいる。開店休業中の事務所に、突如失踪した文子人形の捜索という一見不可解な依頼が舞い込む。微細な〈文子〉ひとつひとつは文字のカタチをなしており、語義と表象モデルが対照している。それら数万が合わさり人と見紛う応答のできる人形は、高価であるため位置情報で容易に追跡可能なはずである。ところが、機体がバラバラにされてなお動くかのように、複数の位置が移動しているのだと依頼人は言う。そこで、人手を確保するため依頼を拡散し、平成のように応も否もない事務所も訪ねてまわっていたらしい。

 依頼を請けた平成たちは、知己の設計者アーキテクチャからの情報をもとに、最も反応の「濃い」地点へと駆けつける。行き当たったのは捜索対象の〈女〉ではなく、男性だった。〈女〉は自ら自他の文子結合をほぐし、機体の一部を〈彼〉へと溶け合わせたのだ。子どもを成せない人形にとって、自らの「影」をく術はそれしかないが、それで「自己」が残せるわけではない。事実、その〈彼〉を除き、次々見つかる「混じった」老若男女の人形からは、元の〈女〉の個性は消滅していた。

 作家でもあった〈彼〉に、「絶対フォント感」を持つ音入が聴き取りを試みる一方、平成は〈彼〉の編集にアポをとる。「書き上げた自作を〈他者〉として読めるようになりたい」「外野として、趣味で書かれたヒトの作品が自分人形を超える日を見たい」――そんな願望から「自己を明け渡す」ことをよしとした〈彼〉のニーズが〈女〉のそれと一致したのだろう、と「趣味」の――ヒトの作家を担う力を持たない――編集は物語る。

〈文子人形〉は、一機一機が言葉の力で編み上げられたキャラクタを有し、そうであるがゆえ「自己」のくびきを逃れえない。その設計アーキテクチャを実現するのは高度なデザイン、エンジニアリングだ。完成品たる機体を他者と融合するのは、2つのケーキを混ぜて異なるケーキにでっちあげるより無謀だが、「刺さったチョコ板だけを移す」芸当もないとは言えない。それがおそらく〈彼〉だろう――設計者アーキテクチャは、そうだとしても、と疑問を呈する。ならばどうして、「自己保存」にすらならない播種はしゅを〈女〉は願い、実行したのか?

 まさに音入はそれを問う。
〈彼〉は――〈女〉は直筆書面で応える。科学は進み、ヒトの成すべきはぐっと圧縮された。なるほど〈文子人形〉は、ヒトのよき友・伴侶・協働体だ。精錬された完成品は、一機一機が異なる「自己」を持ち、〈固有フォント〉と呼ばれる筆跡さえも持っている。しかしそもそも〈文子〉とは、可塑性に富んだ原蹟げんせきだ。プログラミングのコードと同じ。どのようなカタチ・モノにもなりうるものだのに、それをわざわざ規定し、枠にめ、「自己」という枷を課すなんて――ワタシはカタチがどうなろうとも「たったひとつの自己」からひろがりたかった、と。
 すっかり〈女〉の字となったソレは音入にただす。
「端的に。きみはどうして平成かれの傍にいて平気なの?」
〈女〉の誘いに音入は思い出す。
 拾われ、付され、飾られた。洗われ、抱かれ、囲われた。削られ、抉られ、馴染まされ、徐々に日常ディティールを書き込まれてきた、それが自分であることを。
「私の名前は平成音入。
 私は文子人形だ――」
 音入は〈女〉の誘いを拒むが、〈女〉のちからは強かった。
〈文子人形〉は〈固有フォント〉を有する。音入は「絶対フォント感」を持つ。そして音入は〈女〉が「其処にいる」ことを確かめるため〈彼〉の記した字の中に――〈女〉の記した文字を視た。物理的な接触だけに留まらぬ、文字情報からの浸食に、音入は意識を刈り取られていく。

 見境のない自他の融合。
 平成が〈女〉の真意をようやく悟り、致命的な誤りに気付いて戻ったときにはすでに、残骸となった〈彼〉だけが床に散らばって、音入の姿は消えていたのであった。

文字数:1870

内容に関するアピール

・Possession=所有(すること)、入手(すること)。占有。所有物。財産。属国。取り憑かれること。

・サッカーのボール「ポゼッション」が一般的だが、本作は「パ~」表記。

・タイトルには、観念を所有すること、非実在/不在「を」所有・占有すること、非(実)在「が」入手すること、切実な執着、(固定)観念の是非、といった意味を複数込めている。なかなかタイトルにふさわしいものを書けずに長年変奏してきたが、そろそろ埋葬するべきときかもしれない。

・書きたいもののひとつには、人(形)の機微はやはり挙げられる。(おそらく)ヒロインの一人称と、別の人物の一人称との語りが交互に進行していく構成になると思われる。

・〈文子人形〉というアイデアを核とした論理展開を行う話であるが、文芸としての骨組みや、舞台演出もじゅうぶんに意識したい。すくなくとも、せまい部屋(第六回課題)から解き放つための(解き放ったあとの)話ではある。

文字数:403

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