梗 概
手のひらハウジング
「街」と「街」との境が、その地区の住民の多数決の比率によって決まり、毎日可変する時代。
各々の街は都市国家のようにゆるい連帯を保ちながら存在し、多少の自治が認められている。人々は、自分たちの街の敷地だと考える部分を投票用紙の図で囲い、その平均値を出す「平均領土政策」に基づいて、日々領土が変化する仕組みだ。
「よりダイレクトに、地域の人々の意見を反映するシステム」として機能するそれは、街ごとの自然競争により自治体の政策/サービスの向上を促した一方で、極度の領土損失によって経済的に力を失ったり、魅力的でない地区は消滅したり、丸ごと統合されていった。今では一部の大きな街が、日本中の大部分を占めている現状である。
各自治体は、より魅力的な政策を生み出したり、その土地が自分たちの領土だと印象付けるプロパガンダに勤しむ毎日。しかし、駅近でもなく名所なども無い等、これといった際立った特徴の無い場所は、どこの領地とも決まっておらず、宙ぶらりんに放置され、それぞれの街の隙間となってしまったのだ。
平岡地区にある不動産会社勤務のフジモトは、境界の変更に合わせて賃貸物件の賃料を変更するという、地味な作業を担当している。毎日家賃を試算し直し、それを打ち込み、住民に対して事情説明をする日々に、嫌気がさしていた。
高級住宅街で大きな商業施設まで揃える隣の天沢地区に対し、彼が住む平岡地区は一般的なパッとしないベッドタウンである。最近は経済特区が天沢に設立されたのを機に、企業の移転が進み、領土もさらに減少してきていた。
ある時フジモトは、上司に命じられ、家賃が滞納されたアパートに出向くこととなった。そこは、街の隙間から新たに天沢地区に編入された場所だ。彼は辟易する。元隙間の物件は、とにかくややこしいから嫌いだ。疲れる。住民と頻繁にモメる。何故かというと、この場合ほとんどが、隙間の人間から編入を望んだ結果でないからだ。
隙間地帯は、この政策が始まる前に元々管理していた自治体が治める決まりではあったが、税金をあまり回したがらないので、景観は荒れ、インフラ整備も不十分なままだ。そのような状態だから、隙間には訳ありの人間が多い。貧困層や不法移民などが大部分を占め、賃料も格安である。しかし、それが境界の変化で地価が高騰し、一気に割高になってしまうことがある。
フジモトが訪れたアパートはまさにそうした物件の一つで、足を引きずった老夫のハヤシが一人住んでいるだけのトタン屋根。ボロボロだった。他の住民は皆賃料の値上げで出て行ったが、ハヤシだけは頑なに引っ越さない。なおかつ、値上げ分を支払わない。フジモトは出て行くか払うか、どちらかにするよう説得を試みるが、ハヤシは拒否する。聞くところによると、ハヤシは以前までここで妻と暮らしていたが先立たれてしまったらしく、このアパートは思い出の場所なので離れたくないらしい。
会社に戻った悩むフジモトに、天沢の役場から電話がかかってくる。困り果てた声で言うに、例のアパートの周辺を再開発して工場地帯にしたいのだが、ハヤシが邪魔で工事を実施できないという。フジモトの会社からも何かしらの行動をして頂けないだろうか、という伺いの電話だった。
フジモトは代表して何度も説得しに行くが、ハヤシは拒否し続け、ついに彼は役人たちに強制退去されてしまう。フジモトはもっと綺麗な場所への移住を勧めるが、ハヤシは言う。
「もう、あそこしか無かったんだ。俺の居場所は全部消えた。」
ハヤシは元いた家に帰りたいと涙ながらに訴える。その様子は偶然テレビ中継されていた。
翌日、変化が起こる。彼の訴えを目にした多くの平岡地区の住民たちがハヤシを助けるために、彼のアパートまでの領土を手に入れようと、ひたすら平岡地区の領土に位置付ける投票をしたのだ。
めでたくアパートの敷地は平岡地区になり、天沢側の工事はなくなったが、時すでに遅し。すでにアパートは解体された後だった。
フジモトはその土地の上に新しい掘っ立て小屋を建て、ハヤシに家を送る。賃料はスキマ地区の価格となり、ハヤシはその金額を支払う。
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内容に関するアピール
街(国)の境界が、極端に市民の意見、この場合は”多数決”という形をとって反映されたらどうなるだろう、ということをイメージして書きました。私なりの「変な世界」ですが、それほど現実世界と乖離していないように思います。未来で、もしかしたら近い形が実現しているかもしれません。
多数決というものは極めて不公平なものですが、そのような大きな見えない力によって、自分のいる場所が脅かされたり左右されるというのは、日常生活でもよくあることです。
余談ですが、この物語の背景は、小さい頃、私の住んでいた地域に「飛び地」と呼ばれる、行政区が飛び飛びになっている場所が多くあったことにあります。よくその境を行ったり来たりしながら、「今日は○○人!こっちは××人!」と、自らを分けて遊んだものです。
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