もう一つの理由

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梗 概

もう一つの理由

人間はデータの集合体であると解明された。人は身体も心も、その意思もデータの集積体であり、個人はデータを纏めれば、再び同じ個人として時空を超えることも可能になった。また病気という概念も大きく変わった。以前、病気と呼ばれていたものは情報エラーの一部であると認識されるようになる。
そのころ人口の三割にあたる人が発病する情報エラーが認知されるようになりはじめる。この情報エラーをXとする。Xは発病すると、個人を形成する情報の置き換えを行う。自分の思考や意思だと思っていた物が、発病とともに何か他の物に置き換わっていき、最終的にもとの個人は、自分の意志と思われている情報データの大部分を失い、他の置き換わったデータによって操られる。自己を失う。

Xは発病後、徐々にコミュニケーションをとること困難になっていくため就学や就労などの社会生活が困難になる。
X発見後初期は、発病後すぐに個人のバックアップデータを作り、再インストールすることでこのエラーに対する対処がはかられたが、人が過去のままの情報であり続けることへの懸念から、早期段階でこの方法は廃止されることとなる。

発病率の高さと、発病後はある程度の時間が経過したら一般的な社会生活の不適合に陥ることが多い症状のため、各国医療機関や政府機関で莫大な資金が使われXの研究は進んでいくことになる。Xという情報エラーは過去にさかのぼると千年単位の過去から存在していたことが分かってくる。遺伝子による情報エラーであることも同時並行的に立証される。日本政府は、早期に遺伝子を組み替えることで、発病をなくすことを議決するが、人権団体の猛烈な反対により遺伝子組み換えによる病気への対処は立ち消えることになる。
そんななか新薬の開発も進み、発病後の情報置き換えのスピートの遅延に成功する。そのため、それよりあとX症例への対応は投薬による緩慢とした手続きをとることになる。新薬の改良、開発も進んでくるが、感覚を強く麻痺させ致死率もある薬に当事者の間では懸念の声もあがり、反対を掲げる運動も行われていた。

主人公の小向正(こむかいせい)は小学校の教員である。同僚でもあり友人でもある新見隆(にいみたかし)がXを発病し、いわば公然とした圧力により小学校教員の職を辞さなければならなくなる顛末を見守るしかなかった。新見は教員退職後、投薬治療を受けながら生活をしていた。新見の生活は、薬を飲むことで社会保障を受けられる制度があるため安定していたが、遣り甲斐の感じられない生活に疲れているようだった。投薬により感覚は鈍くなってはいるが、情報が書き変わっていっているという恐怖も新見を苦しめていた。また新見は仕事を辞めてから社会参加している感覚がとぼしくなり、他人と関わることそのものを求めているようだった。

「僕は人の役に立ちたいんだ。」
新見隆がそれを言葉にしたとき小向は驚かなかった。
「献血をするために断薬をしたい。」
断薬をすることでXは進行して、新見隆の新見隆としての情報は置き換わっていく可能性が高くなるのだが、それを知らないとは思えなかった。小向は新見に薬を飲み続けることを勧めるが、新見の決意は固く新見は断薬をはじめる。

新見の家族から小向に連絡がまいこんで来る。新見が錯乱して暴れているという相談だった。小向は家族に入院を勧め、新見は強制的に入院することになる。入院後三カ月、新見の容態は安定し退院が可能になる。新見は退院後、孤独感からすぐに自殺する。

文字数:1432

内容に関するアピール

課題のテーマとして
人が生きるために必要なものとは何か、
社会貢献とは何か、
と問い、
人が生きるためには他者のために自己があるという意識が不可欠だとして理を通していくストーリーを作りました。人間は生命的には衣食住が足りることで生きていけるわけですが、文明化した社会を生きるとは、食べて寝るだけでサバイブしていける単純なことではないと思うからです。
梗概の構想段階では、まず二人の対比した人物と語り手の三人で話を進めることを考えました。まず人の役に立ちたいと願う登場人物を置き、その人は死に追いやられる。そしてもう一人、自分の利益以外を考えない登場人物を置き、その人物は生き続ける。しかし短編であることを考えて新見一人に焦点をあてて世界背景を書きこんでいく形で実作にしたほうが分かりやすいのではないかと思い、今回の梗概になりました。

文字数:361

課題提出者一覧