透明な硝子質の砂を踏みしめる足を、うち寄せる波があらう。
「足のうら、くすぐられるみたい」
あゆみんが言った。
水平線から登る天の川…実体が銀河面なのは知ってるけど…
見上げると、銀河中心から飛び出るジェットが、天の川と直行して伸びている。
夜空いっぱいに、白くかがやく巨大な十字架。
「はやくー。舟が次の星へ出ちゃうよー!」
ちぃちゃんの呼ぶ声がして、あわてて砂浜を駆けだしました。
わたしたちは<梯子渡し>のために、舟に乗って星から星へ、銀河の外縁へと渡っていくの。
だけど<梯子渡し>がなんなのか、わたしは知らない。たぶん舟の誰も知らないんじゃないかな。
舟がふるさとの母星から飛び立ったのは、20世代以上前のことだし。
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わたしたちのお仕事は、望遠鏡をメンテナンスすること。
舟の両端には大きな望遠鏡があって、恒星天を見つめてる。
メンテは当番制、それ以外の時間は、ちぃちゃんやあゆみんとギター弾いたりして遊んでいます。
「なんで恒星天なんて見てるんだろうね」
わたしはさあ?と答えました。
恒星天というのは、わたしたちのいる銀河を包む黒い球のこと。
この宇宙は黒い球の内側で、その中に銀河がひとつ渦巻いてるの。
子どもでも知ってるよ(わたしが子どもだとは言っていない)。
宇宙の背景輻射がその証拠なんだって。黒いものが出す電磁波の分布とぴったりらしいの。
舟のアーカイブによると、かつて母星には宇宙が膨張してるんだって言った人がいたらしいけど、そんなの荒唐無稽だよ。
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今日もあゆみんとちぃちゃんと3人で遊びました。
窓を見るとミルキィウェイ、銀河面は視界の両端で切れていました。
とうとう銀河の縁に到着したのです。
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舟の一部の区画で電源供給と空気の循環が止まりました。
多くの人が窒息死しました。友だちもたくさん死んじゃいました。
システム警告が鳴らなかったから、みんな気づくのが遅れたのです。
みんなでシステムの復旧を頑張ってるけど、電源供給が停止する区画がどんどん広がっているみたいです。
わたしたちどうすればいいの?
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死んだ人たちの中から、特別権限を持つ人の死体を回収。
生体認証でシステムの管理者権限を奪取。
舟のインフラシステムへ侵入を試みました。
調べてわかったのは、舟が銀河の縁にたどり着くとシステムが停止するようになっていたということ。
そしてはるか昔、母星を飛び立ったときから、これは仕掛けられていたということ。
システムが複雑すぎて実際に処理が走るまで気づかれなかったんだ。
インフラを強制的に再稼働。
間一髪、いくつかの区画だけは守られました。
私たちは何のために星を渡る?梯子渡しって何?
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舟のアーカイブとシステムを突き合わせてわかったのは、
恒星天までの距離を測るために、舟は星ぼしの果てまで旅してたということ。
視差から三角法で距離を割り出す。シンプルな方法。
「銀河の梯子渡し」とは、宇宙の大きさを割り出すという計画だったんだ。
システムは役目を終えると停止するようになっていたみたい。
正常な動作だから、アラートも検知されなかったんだ。
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生き残った多くの人は、舟を降りて居住可能な星で暮らしました。
ここは銀河のはて。
この先には何もない…でもそれって本当かな?
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あゆみんと、ちぃちゃんと、わたし。
それとほんの少しの人たちを乗せて、舟は銀河をあとにしました。
ここより先は何もない。絶界の真空…わたしは違うと思う。
恒星天に貼りつく星たちは、ひとつひとつが銀河なんじゃないかしら。
きっと宇宙は、わたしたちが今まで思っていたよりもずっとずっと大きいんだと思う。
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1億と4000万年が過ぎたころ。
かつて梯子渡しの舟と呼ばれた宇宙船が、恒星天の黒い壁に激突した。
切れぎれになった舟の残骸たちは、音もなく真空に散らばっていった。