雪氷の殻

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梗 概

雪氷の殻

2040年代に増加しはじめた宇宙線は、地球を全球凍結に至らしめた。

 

スベンスマルク効果によって大量に発生した雲が大気をおおい、地球のアルベド(=惑星の光の反射率)が上昇。地球の急激な寒冷化がはじまり、雪氷圏が低緯度側へ拡大していった。 氷床が地球を覆っていくさなか、人類はマグマ溜まりの熱を利用して発電する技術を確立。火山活動地帯に地熱発電施設を中核とした巨大地下都市:<地熱都市>(ジオサーマル・フロント)の建設して地下に潜った。また、同時期には商用潜水艦の技術革新があり、これにより交通・物流網は既存の陸上や海上、空路のものから海の中へと置き換わっていった。

 

23世紀初頭。火山帯地下の<地熱都市>とそれらを氷の下で結ぶ海中の交通網の成熟によって、人類の総人口はようやく安定しだした。
またこのころには雪氷圏は赤道域まで広がり、地球は全球凍結へと至った。

 

24世紀、地球が全球凍結してから100年弱が経過し、地上で生活した経験のある者はすでに死に絶えていた。
人々にとって<地熱都市>と氷の下に広がる海だけが世界の全てになっていたし、かつて地上で暮らしていたことは史実としては知ってはいても、感覚の上ではどちらかというと神話や伝説に近かった。
ハワイの<地熱都市>に暮らす少女、アオラニもそんな人々の一人だった。

 

ある日、ハワイ諸島で想定を超える規模の大噴火がおきる。噴火による直接的な破壊と電力供給をはじめとした都市機能の麻痺によって、多くの死者と難民が出た。
アオラニは被災した際の負傷で失明してしまう。
環太平洋エリアの各<地熱都市>は、多くの難民を受けいれに動き、アオラニは難民として日本へ渡ることになった。
アオラニは、日本でサイボーグ治療の研究者である青年、伊吹に出会う。彼は難民への医療活動に従事していた。
アオラニは伊吹らによる人口眼球の移植によって視覚を取り戻し、これをきっかけに伊吹とアオラニは距離を縮める。

 

それから2年後、アメリカ東海岸地域であいついで大規模噴火が起こる。
ハワイのときの何倍もの多数の死者と難民が出たが、日本は難民受け入れを拒否した。ハワイの難民受け入れ以来、難民排斥の機運が高まっていたためだった。やがてハワイ難民や難民支援をする人間にもそれは及び、ついには死傷者の出る暴動事件がおきる。
アオラニにとって、そして伊吹にとっても日本に居場所はなくなっていた。

 

二人は婚姻を結び、新たな避難先を求めジャカルタの地熱都市へ向かう。
ジャカルタに到着した直後日本列島で大噴火が、さらに1年後にはニュージーランドで噴火が始まる。
世界中の火山が活動期に入ったことは誰にとっても疑いようがなく、みなが人類滅亡を予感した。

 

2年後、とうとうジャワ島でも噴火が始まる。もはや世界のどこにも難民受け入れ先はない。
追いつめられた二人は地上を目指す。しかしその道中で天井の崩落が起き、伊吹はアオラニをかばって死んでしまう。

 

アオラニが崩落した天上を登って地上にたどりつくと、そこは一面の花が大地を埋め尽くしていた。
火山ガスの温室効果によって、赤道付近の氷床が溶けていたのだった。
伊吹がくれた眼を通して見るその光景に呆然としながら、アオラニはふと、自分の中に新しい命の胎動を感じた。

文字数:1325

内容に関するアピール

地球科学の研究によると、過去最低3回は地球全体が凍結していた時期があったと考えられています。
この学説は「スノーボールアース仮説」と呼ばれていますが、この世界観は現在の地球環境に慣れた私たちから見るとなかなか変わっているなと感じ、今回このスノーボールアース仮説を世界観の下敷きにしました。
この学説では、全球凍結の期間は数百万年とまさに地球史的なスケールだったとされていますが、しかし地質学的に検証されえないようなもっと時間スケールの短い全球凍結もありえるのではと思い、今回の梗概を書きました。

 

また、センス・オブ・ワンダーのある話になるように、二つのポイントを意識しました。
ひとつは、現実と異なる世界にいるキャラクターが現実の私達とはことなる世界観、価値観を持っていること。
生まれてからすっと地下ぐらしの人しかいない社会では、客観的な事実とは別に、感覚として地上の存在がうまくイメージできないのではと考え、災害があっても水平方向に移動することばかり考えて、それができなくなったときにようやく地上に出るという発想が出てくる、という展開にしました。
もうひとつは、キャラクターか読者(あるいはその両方)がもっている体系だった世界認識のあり方が、物語を通してずらされること。
今回は参考図書でもある「夜来たる」を参考にして、地上は死の世界だと思っていたキャラクターがいのちの息づく大地を見る、という締めにしました。

よろしくお願いいたします。

 

■設定に関するいくつかの補足
> 商用潜水艦
海が氷で覆われていて酸素の補給ができないため、物資の輸送は無人潜水艦で行う。
アメリカでコールドスリープ技術が開発されてからは、コールドスリープで代謝を抑えることで人も海洋を横断して移動できるようになった。コールドスリープはまだまだ高価だが、日々の技術革新でちょっとづつコストダウンしている。
> 3つの地熱都市圏
環太平洋エリアには、地熱資源を豊富に有する3つの地熱都市圏がある。
>> ジャワ・スマトラ地熱都市圏
ジャワ海は凍結による海面降下によって陸地に囲まれた湖(スノーボール・オアシス)になっている。
スノーボール・オアシスでは比較的薄くて透明度の高い氷を張るため、氷の下にも太陽光が届く。
このため氷の下には植物プランクトンが光合成をして生息している。
この地熱都市圏は植物プランクトンの採取を主要産業にしていて、世界の貴重な植生食物となっている。
>> 日本列島地熱都市圏
世界でいち早く商用潜水船の開発に乗り出し、この市場をほぼ独占している。
九州から中国地方にかけては造船産業関連の企業がとくに集中している。
伊吹は長崎とよばれた場所の出身。
>> 北アメリカ東海岸地熱都市圏
アメリカやメキシコという国はすでになくなっていて、沿岸部に地熱都市が点在している状況だが、人の移動は活発。学術研究が盛んで、掘削土木技術やサイボーグ医療、コールドスリープ技術などが進んでいる。

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