私の知る限りもっとも美しい存在について

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梗 概

私の知る限りもっとも美しい存在について

[Cicatriz 1-4]
基底現実”Cicatriz 1-4″に存在する知性体であるシグナスLVZは、ある朝今まで見たこともないような素晴らしい美に遭遇して目が覚めた。

彼は「生態社会管理員」という職業に就いていた。それは培養カプセルの中で幼体が育っていくのを一日中眺める仕事だった。
工業出生が一般的な社会において、非常に珍しい自然分娩によって生まれた存在である彼は、遺伝子的に劣っているために一般的な社会構成員よりも身体能力が低く、また容姿も悪かった。
そんな彼が工業出生する幼体の管理員という仕事に就いていることを、周りの人は嘲った。シグナスLVZもまた、そんな自分に違和感を覚えていた。

周囲には嘲笑され、他の個体が当たり前に手に入れているはずのものを彼は全て持っていなかった。
底辺仕事をこなして家に帰るだけの灰色の日々。
そんなシグナスLVZにとって、あの”完璧なる美しさ”に出会ったことは彼の人生の一筋の光を射した。
あれは彼だけが体験しえた”奇跡の存在”であると確信しており、今はそれだけがシグナスLVZがもっている唯一の心の支えだった。

[Wakks Simulacra]
場面は代わり、全てが眩いほどに色鮮やかで幻想的な世界。
この世界に在るものは全て、宙を浮くようにふわふわと飛んでいる。

主人公サーコファガイ3228を、飛翔体が外の世界へと案内をする。
飛翔体が描く軌道の規則性に気づくサーコファガイ。
規則性を読み解くとメッセージになっていた。

「ズヴォルマタ」

この文字が何を意味するのか、彼には理解できない。

[Cicatriz+ 1-4]
シグナスLVZは、自分が出会った”完全なる美”について相談しようと、コーマトリアX2という個体と共感交信しようとした。
だが、いくら交信しようとしても彼からは返事がなかった。
生まれた時より共感交信によって繋がっていたコーマトリアX2は彼にとって仲間、友人、兄弟よりもさらに大切な存在、もはや自身の半身と言っても良いほどであった。
そんな彼と交信できないなど、初めてのことだった。

他の個体とも共感交信しようとするが、シグナスLVZが交信できる個体の中に、コーマトリアX2と繋がっている、または知っているものはいなかった。

シグナスLVZは彼の悩みを誰かに相談することもできず、おまけに彼の半身が突如消え失せるという不安な気持ちを抱えるしかなかった。
どうしようもないまま、かれはまたあの”素晴らしい美”に出会うことを期待して眠りにつく。

[L’Viaquez]
知性体ディラウスドの冒険が始まった。
高度に発展した文明都市を旅立ち、至宝を求めて未踏地区AT-DIへと一歩を踏み出した!
どこまでも金属質なこの世界の物質は、それらに触れた全ての有機物に対してメタモルフォーゼを引き起こす。
地面に、建築物に、植生生物に、様々な存在を媒介にメタモルフォーゼを繰り返したディスラウドはその度に生命体としての存在を組み直していく。

彼は今、どこまでも最強な存在へとなり変わっていった。

ディラウスドの旅はこれからだ!

[Cicatriz 1-4]
シグナスLVZは旅をしていた。
世界で最も美しい存在に出会ったと確信した彼は、再びそれと出会いたいという願いから、多重界層を渡り歩いていたのだった。
今までこの作品で描いてきた世界も、実は全て認識界層を切り替えたシグナスLVZが知覚した「世界の別の姿」だったのだ。

だが、いくら認識界層を切り替えても”完全なる美”に出会うことは一向になかった。

そして行き着いた答えは、彼の出会った”完全なる美”は自身の認識外の世界にいる存在なのだと考えた。
だから、自分の認識できる世界を拡張しなければならなかった。だが、通常認識できる世界の数は生まれた時点で決まっていた。
認識数を増やす方法は古来より幾多の噂があったが、それを実証した例は一つもなかった。

基底現実において、”全ての生命の発生源”だと言われ、アンピュテにとって神聖な場所と崇められている神殿がある。
シグナスLVZはこの神殿に行くことによって自身を新しい感覚を得て認識を切り開こうとする。

シグナスLVZは苦労の旅路の末に神殿の最深部までたどり着いた。
彼はその場で自身の認識拡張を一心に祈ったものの、何も得られなかった。
変化は、何もなかった。

失意のうちに去ろうとするシグナスLVZ。ふと上を見上げると、神殿に古代文字が刻まれているのが見えた。
「ズヴォルマタ」
それはかつて”Wakks Simulacra”で目にしたメッセージであることに気づいたシグナスLVZ。
近寄ろうと脚を踏み出したその時、アクシデントが起きる。
長い年月で朽ちかけていた神殿の一部が崩れ落ち、シグナスはそれに巻き込まれて落ちてしまう。
“Cicatriz 1-4″の生物は空を飛んだり、宙に浮くことが出来ない。そのため、シグナスLVZは為す術もなく落下してしまう。

初めて体験する重力加速度が身体にかかる不思議な感覚に身を委ね、自身の空虚な一生を思い返していたシグナスに、ある一瞬不思議な感覚が襲う。

──また、”あの完全なる美”に遭遇できたのだ!

一生の最後に、心から望んだ存在にまた出会えたシグナスLVZ。まさに万感の思いだった。

[Cicatriz+ 1-4]
だがその瞬間、シグナスLVZは完全に理解した。
シグナスLVZが”完全なる美”として探していたものは、この世界のどんな存在ともリンクしてない、自分すらも認識できない世界だったのではないか?

「認識しない世界」、それを彼が感じ取ったのは第四界層での共感交信が原因だったのではないか?
シグナスLVZと交信していたコーマトリアX2だが、ここ最近彼との交信が途絶えてしまっていたのは、彼が死んでしまったからではないだろうか?

自分が得たと思った”完全なる美”という存在、あれはコーマトリアX2が死の瞬間にシグナスLVZと交信しようとした結果、コーマトリアX2の辿った死に至る認識プロセスを共感交信してしまったのだ。

[000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000]
そして全ての認識が途絶えた。

シグナスLVZを襲ったのは自身の認識全てが消えた暴力的な静寂。それから濁流のように押し寄せていた四つの感覚情報が遮断されたことによって訪れる圧倒的な安堵に身を委ね、彼はついに探し求めていた”この世界で最も完全なる美”を堪能したのであった。

文字数:2671

内容に関するアピール

感覚器のレイヤーを切り替えることで、認識する世界を多重に構築している知性生物を主軸に据えた短編です。
一見全く異なる四つの世界を細切れに描いていますが、やがてそれらは一つの個体が認識世界を切り替えていた”視点移動”であったことが判明します。

我々は「一つの世界を共有して同じ認識をしている」という常識を前提として生きています。
ですが、そもそも「認識できる世界は常に一つしかない」ということ自体が人類の枠組みであり、「一つしか世界を認識できないなんて不便」と感じる種族も、どこかにいたりするのだろうか・・・ということを考えた部分から着想を得て、この作品を組み立てました。

幽霊が見える例えを「脳のチャンネルが違うところにあっている」などと表現することを突き詰めていったイメージです。

◆世界設定:
・アンピュテ:
主人公シグナルLVZをはじめとする、基底現実”Cicatriz 1-4″で最もポピュラーな知性体です。
サツマイモに七本の針金を突き立てたような特異な形状が特徴です。
感覚器のチャンネルを切り替えることで認識界層を変え、全く違う世界を認識することができます。
一体が認識できる界層の数は個体差が存在します。
通常は四層程度で、その認識範囲は先天的な性質が影響し、増えたり減ったりすることはありません。
残された記録によると、一個体で二十三層を認識できた者もいるようです。

・基底現実 “Cicatriz 1-4”
シグナスLVZ含むアンピュテが最初に認識する世界であり、通称”基底現実”と呼ばれます。
アンピュテの主な繁殖方法は遺伝子操作された個体を人工培養しする、管理生産です。
このような方法で子孫を増やすアンピュテですが、自然交配による分娩もわずかながら残されています。
(ただ、遺伝子操作を受けずに生まれた子供は「腹生まれ」と呼ばれ、社会的に蔑まれる傾向にあります)
なお基底現実の生物は、惑星重力に対する自重の関係から空を飛んだり宙に浮くことができません。

・第二界層 “Wakks Simulacra”
色鮮やかで目に映るモノ全てが宙を漂っている不思議な界層です。
アンピュテがこの界層を認識することは通常殆ど無く、また基底現実の生物は空を飛ぶことができないため、この界層を認識できた個体は大変貴重な存在であり、また他者には体験することのないひときわ幻想的な世界に足を踏み入れることのできる一握りの存在です。
(その点では、シグナスLVZは他者よりも優れたものを実は既に一つ持っていたことになります)

・第三界層 “L’Viaquez”
存在する物質の金属含有比率が高く、大地から植物、動物に至るまで全て金属が成り立つ界層です。
この界層のもう一つの特徴に、分子結合が非常に不安定であり、他ではありえないほどめまぐるしい分子構成変化が起きます。
この現象を「メタモルフォーゼ」と呼び、この界層にいる生物は常にメタモルフォーゼ現象を起こしながら生息しているため、原則的に一つとして同じ形状の個体は存在しません。

・第四界層 “Cicatriz+ 1-4”
基底現実とほとんど変わりませんが、この界層を認識できる個体は、他者との共感交信が可能です。
ただ同じ界層を認識している個体であれば全員と交信できるわけではなく、共感係数の高い相手のみが対象となります。

文字数:1342

課題提出者一覧