スプリーム

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梗 概

スプリーム

私は大変レアなすばらしいからだを持ち、あらゆる個体たちのあこがれの的だった。私には犬猫の血が一滴も混ざっておらず、それどころか温帯と亜熱帯に生息するありふれた動物の血は、元来の先祖であるヒト以外には、まるで混ざっていなかった。動物同士であれば種を越えて交わり、一代に一度子孫を残せるようになったとき、私たちの祖先の多くはよろこんで犬猫や身近な愛玩動物とどんどん「種交」(mix=ミクス)をしたのだったが、聡明で冒険心にあふれ、しかも栄養フード会社を創業して、潤沢な資産に恵まれていた私の祖先は、IC旅券と旧式のタブレット、洗面道具と三週間分の自社スーパーミールをスーツケースに詰めこんで北極に飛び、温暖化によっていまは絶滅してしまったイッカク氷獣と交わったのである。その後も、絶滅危惧種のユキヒョウやアンデスコンドル、数世紀に一度のみ出現するホワイトチーターなどとの混血を経て、私のからだは代を経るごとにユニークに、美しく、強靱になっていったのだ。

繁殖期が近づいて、いよいよ私もミクスの相手を探さなければならなくなった。遠方から自己アピールにやって来る者も多かったし、「アマゾンにめずらしい混血個体がいるそうですよ」、情報提供も少なくなかった。誰もが、私がその希少性と美しさを極めていくさまをみたがっていた。私がどの個体と種交をするかは、意識の高い個体たちの話題の中心だった。

ある日、会社に来客があった。まだ若いオスだが、知能の高い動物、そのなかでも天才的な個を選んで種交をくりかえしたためにとても知的な個体で、私はひとめで彼に惹かれた。全身が毛で覆われているのに、目と額だけがぬれぬれとして、ハクジラ亜目の混入を推察させるのも私の気に入った。彼は研究者で、自分が開発しているヴァーチャルチップに投資をしてほしいと話した。私の会社は、どの種であっても自分の必要カロリーに合わせた量を飲むだけで完全な栄養補給ができる、藻・模造大豆・人工ヴィタミンを主原料とした万能飲料「ハイパーミルク」の生産で、食品業界のシェアを独占している。しかし彼の見解では、いくらミクスを重ねてあらたな個体となっても、それぞれの種の記憶は私たちの脳に残っており、とりわけ味覚や触覚を含めた食の記憶はそうだ。「それら原始的な食の記憶をヴァーチャルチップによって個別に刺激したら、同じミルクを摂取しながら、強い快と満足を得られるようになるでしょう」。私は協力を約束した。

そんなとき、奇妙なニュースが飛び込んで来た。充分に文明化していたにも関わらず、あまりに火山活動が盛んなためにいまでは住む者の少なくなった東方の小さな島で、どの種とも混ざっていない「純人間」の小さな群れがみつかったのだという。誰もが、純人間のことは活字か映像でしか知らなかった。純人間はいまや大変貴重なので、重篤に保護観察をすることが決まった。この純人間グループは、かつてその集団のなかで歴史的、社会的に何千年か特別な地位にあり、高貴な存在と目されていたため、交わりにも注意深かった。彼らは現在でもその敷地で脈々と穀物を作り、蚕や純馬を育て、私たちには理解のできない非合理な儀式を日々とりおこなっているらしかった。彼らは調理や手作業での発酵といった、私たちがほとんど失った食文化も守り続けている。私はチップの開発のためにフィールドワークをしたいという研究者に同行し、この島に飛んだ。

その地で目にした純人間のあまりのかよわさに愕然とする一方で、全く予期していなかった激しい郷愁と嫉妬に駆られ、私は衝動的に純人間に手をかけようとしてしまう。爪をふりあげたその姿を見咎められ、私は一夜にして、個体最上のあこがれから、最も恥ずべき存在へと陥落した。個体たちは私に罰を与えようと話しあい、その結論を、私は自らのミクスの相手にと定めていた研究者から聞かされる。研究者は、自分の提言によって、私の肉を純人間に与え、彼らが未知の食材をどのように処理するかの観察実験を行うことが決まったと、知の喜びに目をかがやかせながら告げるのだった。

文字数:1677

内容に関するアピール

先史時代の粘り強い移動から現在の宇宙開発に至るまで、人類の歴史は、より遠くへ行こうとする試みであるようにもみえます。自分からかけ離れた免疫の型を持つ匂いの相手に惹かれるというMHC遺伝子の話も、ひとが遠くの存在にあこがれることの裏付けのようだと、私は思った。遠くへ行きたい、自分が持たないものを持つ相手と交わりたいという欲望が、自在に叶えられたときどうなるか。その世界の極まりを描いてみたいです。

「スプリーム(supreme)」は、(権力などが)最高の、(価値が)至上の、という意のほか、最後の、究極の、という意味もあって、作中で真逆の道を進んでいく「私」と「純人間」の両者に相応しい形容詞だと考え、これをタイトルにしました。スプリームだと目されているものが、時に奇妙でグロテスクなものの極致であり、しかもその価値は驚くほどあっさり反転もする。そんな〈変な世界〉を描くことで、自分がいま生きている世界の変さも書けたらうれしい。

文字数:413

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スプリーム

SF創作講座事務局よりお知らせ(2018.11.16)

当作品は、改題、一部加筆の上、同人誌『Sci-Fire』2018に所収されました。 そのため、本サイトでの公開を中止しております。

文字数:91

課題提出者一覧