千の水路(再)

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梗 概

千の水路(再)

時間には《大きな時間》と《小さな時間》のふたつあって、たとえていうならふたつの時間は海へと繋がる大河の本流と支流みたいな関係にあって、《大きな時間》の流れが荒れたり穏やかになったりすれば《小さな時間》の流れも影響を受けて速くなったり遅くなったり、あるいは《小さな時間》は新しい支流をつくったり完全に干あがって途中で断絶したりする。とか説明されるけど高橋晶は全然理解できなくて、だって時間に大きいも小さいもないし、そもそも《大きな時間》って聞いたら国の歴史とか国際問題に発展する大事件とかが連想されるし、反対に《小さな時間》って聞いたら個人的でささやかな出来事の細々とした積み重ねみたいなことかって想像しちゃうし、だからそういう公・私に分かれる概念なのかなって高橋は思うのだけど魔女先生は全然ちがうとか言うし、じゃあもうわかんないって逃げようとしたら高橋は魔女先生に捕まって、「時間の流れを見てこい」とか言われて過去に飛ばされる。

過去とかいってもそんなに大昔じゃなくて、3ヶ月前だったり半年前だったり酷いときは15分前だったり、とにかく魔女先生は時間を短く刻んで高橋を過去に送りこむ。当然高橋は過去の高橋(そういう高橋が過去に存在したこともありうる可能性のひとつとしての高橋)に出くわしたり陰ながら見まもったりするのだけど、過去の高橋は自殺したり事故死したりたいてい酷い目に遭う。今の高橋は生きてるのに、なんで? すると魔女先生は厳かに宣言する。

「晶が死にたいと思わないように、わたしが時間を改変したのだ」

魔女先生は時間の流れを変えたいと思っている。つまり歴史を転覆させまったく別ものに修正しようと考えている。だから教職に就き時間について講義し、同胞を増やそうとしているのだ。でも高橋は受け入れられない。あるがままの世界でいいじゃん自然最高! とか、そういうロハスな考え方じゃなくて、《大きな時間》が人々の意志によって決まっているのならそれを最適なものだと受け入れてきたのもやっぱり人間だし、別に修正する必要ないんじゃない? と高橋は思う。だから魔女先生の一味にならない。魔女先生は当然激怒。高橋は一目散に逃げだす。過去へ。

こうして人類存亡を賭けた高橋と魔女先生との死闘が繰り広げられる。織田信長は本能寺の変で死んだ、あるいは死なずに明智光秀を討ちとり安土幕府を開いた。治承・寿永の乱で源氏が勝利して政治の中心は鎌倉に移った、あるいは平氏が勝利して福原が首都となった。JFKは暗殺された、あるいはJFKの妻が暗殺された。ライプチヒの戦いでナポレオンは敗北してエルバ島に流された、あるいはナポレオンが勝利してほぼヨーロッパ全土を支配するに至った。歴史の改竄と復旧が果てしなく続き、どれがもともとの《大きな時間》の流れかわからなくなっちゃったところで一時休戦。高橋と魔女先生はいっしょに紅茶の時間を楽しむ。

文字数:1200

内容に関するアピール

【時間概念】

  • 大きな時間=人間の意志に従い世界像を構築していく時間の流れ

例:八百屋でりんごを2つ買おうという意志がある場合、八百屋、りんご、2、お金、その他もろもろのイデア(の存否)が構築されうる世界へと導く時間。改変しにくい。

  • 小さな時間=世界を構成する理屈が生成されていく時間の流れ

例:八百屋でりんごを2つ買おうという意志がある場合、その意思を実現可能なものとして成立させるために必要な考え方(資本主義、貨幣制度、その他もろもろ)や制度・思想が形成されていく時間。改変しやすい。

人間の意志は強いほど他者へ伝播していくし集団が同じ意志を抱けばそれだけ大きな時間は安定するので、時間の質的恒常性が保たれる(唐突に世界が変質することはありえない)。

 

【対立する2つの信念】

  • 性善説=人間の意志は本質的に善なので理想の世界像なんてないし時間は流れるままに放置しておけばいいとする説(高橋の考え)
  • 性悪説=人間は過ちを犯すので時間の流れを改変し世界を修正すべきだという説(魔女先生の信念)

文字数:436

課題提出者一覧