円筒形宇宙コロニーが建造され、人類が移り住んでから１００年が経過し、完全自動運転、自動修復が実現された。宇宙コロニーは３枚の水陸パネルと３枚の太陽光半透過パネルが交互に組み立てられており、自転によって太陽光による昼夜が得られるようになっていた。内部には空気が満たされ、水分の調整がなされて雨も降るビオトープを形成していた。エネルギーは円筒外周部の太陽電池でまかなっていた。

人類はそもそも自分たちを宇宙コロニーに追いやった戦争と競争と高度資本主義文明を深く反省した。そこで次世代からの文明を古代レベルに戻し、宗教による禁忌の徹底によって知識の発達を阻害することにより、永遠に牧歌的な生活を続けさせることを選んだ。人類の文明は古代ギリシャの水準に固定されたまま、その後３００年が過ぎた。

ロシーカは人々の家や教会を建てる父ダロスダーイと、母クラテナウの息子だ。ロシーカはいつも幼馴染のプネーダと一緒に遊んでいた。ロシーカの夢は空を飛ぶことだ。空に生き物はいないけれど、ロシーカはダロスダーイが大昔の建物を修復した時に見つけた古映像に映っていた空を自由に飛ぶ生き物「鳥」に深く魅せられていた。ちょうど、翼の大きいニワトリのような体の生き物だ。

ロシーカは納屋でロウで紙を固めたつばさを作り、それを腕につけて羽ばたけるようにした。ロシーカは何度も畑の斜面から駆け下り、空に浮かぶ練習をした。つばさを大きくし、直接肩につけるのではなく中央を支柱で繋げ、紐で羽ばたくように工夫するとかなり対空距離が伸びた。「プネーダ、一緒に空を飛ぼう。」ロシーカは空を飛ぶ時はプネーダと一緒と決めていた。思い切り羽ばたいて、森の上まで飛ぶのが目標だ。

ある日、ロシーカとプネーダは揃って羽根を背負い、丘の上に立った。二人は勢いよく駆け下り、羽ばたいた。二人は空に浮かんだ。「すごいわロシーカ！なんて気持ちいいんでしょう！」プネーダは笑った。ロシーカはとても嬉しかった。

その時プネーダは、ロシーカの横で大きく傾き、ぐわっと回転した。「まずい、そっちは夜の波が来る方角だ。プネーダ！戻れ！」

宇宙コロニーの宗教では、円筒の向かい側地面の影が来る「夜の波」の方角に走ることは禁忌とされていた。ゆっくりと歩いて移動することだけが許されていた。でないと遠心力を生じさせている回転が相殺され、体感重力を失ってしまうからだ。

プネーダはつばさをうまくコントロールできず、方向を変えられなかった。やみくもに羽ばたきどんどん速度を上げていった。やがてプネーダは遠心力を徐々に失っていき、浮かび始めた。「見てロシーカ、わたし、飛んでる！」ロシーカもプネーダを追いかけ、徐々に体感重力を失い、自由に飛べるようになった。

二人はどんどん無重力に近づき、羽ばたきは推進力に使えるようになって、自由に大空を飛びはじめた。二人は雲を抜け、円筒形コロニーの中心近くから見る景色に圧倒された。やがて二人は飛び疲れ、無重力に浮かびながら眠くなり、抱き合ったまま眠りに落ちてしまった。

円筒の中心部を過ぎた二人は徐々に「高度」を下げていき、空気抵抗に押されて円筒の回転速度を取り戻していった。二人の「高度」はどんどん下がっていった。眠りから覚めた二人は急いで羽ばたいたが、落下の勢いを止めることはできなかった。二人は遂に硬い物体に激突した。

羽根がクッションになり、二人に大きな怪我はなかった。二人が衝突したのは太陽光半透過パネル帯だった。二人の足元には初めて見る星空が広がっていた。パネルは１０メートルも離れれば内側から外を見ることができない材質だったので、一般人が星や太陽を直接見たことはなかったのだ。星を見ながらロシーカとプネーダは寄り添って肩を抱き合った。

やがて突然、二人の足元のパネルが開き、二人は宇宙へと落ちていった。自動修復装置がパネルの汚れを検知し、宇宙へと放出したのだった。二人はほんの一瞬だけ、円筒形コロニーを外側から見た後で息絶えた。