梗 概
死踏
その惑星には赤茶けた大地があった。
そして広大な海があった。
ついでにいえば、その惑星は、空からの「轟音」に満たされていた。
しかし、その音が聞こえはじめたものが現れたとき、その惑星には生物たちが暮らしていた。
惑星にはさまざまな生物がいたが、そのなかで、もっとも賢い生物たちは群れをつくり、住居をつくり、そして言葉を話していた。
賢い生物たちは赤茶けた大地に住み、広大な海から取れる海産物を主に摂取して暮らしていた。
はじめに、その「音」が聞こえはじめたものは彼らの中では少なかった。
「音」が聞こえるものたちは、空から下りてくるように、小さく高い音が聞こえる、といった。
だが青々とした空が広がっているばかりで、いつもと変わる様子はない。
なので最初に「音」を聴いたものたちは、幻聴を疑われた。
あるいは、小さな虫が聴覚器官のなかに入ったのだろうと、他の「音」が聞こえていないものからいわれた。
「音」が聞こえるものたちはその音を聞きたくないがために、最初は詰めものをして防ごうとした。
しかし詰め物をしたものたちの中から細菌による感染症にかかったものが出たために詰め物で防き続けることが困難となった。
最終的な対策として、彼らは自らの聴覚器官を破壊し、あるいは除去した。
そうでもしなければ、「音」が気になって日々の生活を送ることができないからだ。
しだいに「音」は大きくなっていき、高い音と低い音が同時に聞こえるようになった。そのときには、この惑星に住むものなら、だれもが「音」を聞くようになった。
そして「音」は大きくなるにつれて、「振動」を伴うようになった。
「振動」は最初、水面や木の葉を揺らし続ける程度だったが、しだいに賢きものたちが建てた住居を揺らすようになった。
植物や泥を加工して作った建物の壁にはいつしかひびが入り、やがて崩壊することとなった。
彼らは地下空間への逃走を考えはじめた。
ぶ厚い地面の下に逃げ込むのならば、いずれ「音」や「振動」が届くとしても対策への時間を取ることができるのではないかと考えた。
だがその結論は間違っていた。
知的生物たちが地下へ逃げ込み、数万年のときが経った。
文化が形成されはじめたときには、すでに惑星は轟音によって満たされていた。
聴覚のあるものは長くそこには留まることはできないだろう。
そのうえ、音による振動が海を波立たせていた。
そのためか、海はいくつもの津波を起こした。
ありとあらゆる地表の隙間や割れ目に水は流れ込んでいった。
そして、かつて地表で暮らしていた生物たちが逃げ込んだ地下空間へも、水は流れ込んでいった。
文字数:1065
内容に関するアピール
地球にはかつて「音」が降りそそいでいた時期があった。そのために地上に暮らす知的生物たちは、地下への避難を余儀なくされた。
この地球に降りそそぐ「音」は、すでに鳴り止み、ぼくたちの耳に聞こえてはこない。
そしてその音が鳴っていた痕跡を見つけることもまた、できない。
「音」の効力によって、彼らの住んでいた大地は、その痕跡を押し流され埋め立てられ、地表は書き換えられて海となったり、大地になったりしたのではないか。
そして彼ら知的生物たちの残骸は、長い時を経て、たとえば「石油」となったのではないか。
かつて地球上に暮らしていただろう知性ある彼らの営みの痕跡は、ぼくたちの「採掘」や「消費」によっては見つけることができないのではないか。
青い大海に、森林の緑に覆われた陸地と、砂と土からできた赤茶けた大地。
そこで暮らしている人間も含めた多種多様な生物たち。
そして幾度も行われてきた、様々な絶滅について。
そのうちの一つの設定を夢想してみました。
文字数:413