梗 概
アニャの見る夢
■設定
経済格差の拡大とともに、犯罪件数が増加していった。様々な手立てが講じられたが、なかなか思うような成果はあがらない。万策尽きたかに思われた時、ひとりの研究者が唱える奇妙な説が注目を集める。
『「面長の顔」は「幅の広い顔」に殺されている』
・幅の広い顔の人物は、ほっそりした人物に比べて、ライバルを蹴落とすために3倍嘘をつく
・サイコロの目の数で50ドルのギフトカードが当たるくじに参加できる回数が決まる、という実験では、幅の広い顔の人物は、ほっそりした顔の人物に比べて、実際に出た目よりも多い数を申告する比率が9倍になった
・賞金を山分けするか、自分が多くとるかを決められる条件では、幅の広い顔の人物は、ほっそりした顔の男性に比べて、公平に分配することを嫌った
・無数の頭蓋骨と200以上の殺害されたひとの頭蓋骨を調べたところ、絞殺、刺殺、撲殺などの接触的な暴力で殺されたケースは、ほっそりした顔の人物が圧倒的に多かった
…様々なデータをもとに構築されたこの奇妙な説に、犯罪を恐れる無辜の人々は、すがった。
すべての人々は、18歳の誕生日以降、毎年計測され、ある一定基準以上の幅を持つ顔の人物は、犯罪者予備群として隔離され、重労働を強いられることに。この対策以後、(結局のところ理由はわからないのだが)一時的に犯罪件数が減少したため、学説の検証が不十分なまま、多様な要件が加えられていった。例えば、「一重瞼」「濃い体毛」「低い身長」「肥満」などが犯罪者予備群とされていったのだ。
容姿によって区別されることを恐れた人々は、整形手術に始まり遺伝子操作まで、時代の変遷とともに、様々な手段を使って、更新されていく犯罪者要件に対応した。しかし、法の趣旨から鑑みれば、当然、容姿を変容させる手術・研究は違法とされ、厳しい取り締まりの対象となった。そのため、外科手術やDNA研究は衰退していった。
そして、数百年を経た結果、すべての人が、ほぼ同じ(美しい)容姿をもつ社会となったのである。(もちろんイレギュラーは発生するが、それらは、18歳を機に犯罪者予備群とされ、隔離された)運動能力や学習能力に個人差はあるものの、身長・体重にまで犯罪者要件が及んだせいか、さほど大きな差は存在せず、一見、平等な社会が完成した。人々の差異は記憶(経験)が最も大きな要素となっている。そのため、非合法ではあるが、記憶の売買が盛んだ。記憶はブートと言われる音声媒体に収納され、その音源を聞くことで、未体験の記憶を取り込んでいくのである。
■物語
王国は動揺していた。有史以来、連綿と続いてきた王家の一族がテロリストによって皆殺しにされてしまったのだ。ただひとり8歳の王女アニャを除いて。
王はすでに政治的な象徴でしかなかったが、それでも国民の(主として容姿の)模範を示す存在として、必要とされている。王族の血統を求めた人々は、混乱のさなか行方不明となったアニャを探すも、発見することはできなかった。いずれ名乗り出てくるだろうと思われていたが、その後もアニャは現れず、10年が過ぎた。時折、アニャを名乗るものもいたが、元側近たちからの、アニャであるか否かを判別する質問に満足に答えられるものはいなかった。この10年、毎年、アニャの誕生日である8月8日には集会が開かれ、人々は王女の帰還を待ち続けているのである。
ニシシンジュクのブート屋で働く17歳の少年アキラ(両親が犯罪者要件に引っかかったため、8歳から孤児に)は、同じ年齢のラウラに片思いしている。ラウラは、8歳の時に隣に引っ越してきた幼馴染だ。彼女もまた、両親の犯罪者要件によって、孤児になったという。
アキラには、心配事がある。それは、ラウラの「一重瞼」と「バストの大きさ」に関して。犯罪者要件に引っかかるのではないか、と考えているのである。このまま「一重瞼」から変化がなければ(高熱や経年によって、まれに二重瞼になるものもいる)もちろんダメだし、バストだって要件の基準と比べて(恐らく)小さい。しかし、「一重瞼だって、とっても素敵なのに。今の基準に本当に意味はあるのだろうか」とアキラは思う。
愛しいラウラが犯罪者とならないよう、アキラはあるアイデアを思いつく。ブートを使って、ラウラをアニャにするのだ。王族にしてしまえば、国民の容姿の模範たる存在ゆえに、犯罪者要件は適用されない。古今東西の王女のブートを集め、ラウラに聞かせるアキラ。ラウラはアキラの意図をよく理解していないようだが、様々な王女の話にいたく興味を持ち、積極的だ。ブートによって王女の振る舞いを身につけていくラウラを、アキラは、本当にアニャではないかと思った。
そして、ラウラが18歳となる前日、つまり計測が行われる前日、アキラはラウラとともに王宮へ行き、ラウラがアニャであると宣言する。元側近から様々な質問が出されるが、ブートの効果もあってか、スラスラと答えるラウラ。完全に疑念は晴れないものの、ラウラは、アニャとして生きることとなった。
ほどなくして、アニャが、正式に、王女から女王になった日、新しい犯罪者要件が加わった。「(一重瞼ではなく)二重瞼」。その後も、王宮での自堕落な生活によって容姿が(醜く)変化するアニャに合わせて、次々と要件の更新がなされていった。そう、犯罪者要件というのは、もはや、重労働の担い手を恒常的に生み出すシステムでしかなく、王の容姿に合わせて要件を(適当に)決めていたのであった。犯罪者要件から免れるため、対応可能な人々はこぞって、醜くなっていった。
アニャの治世が数年経過したころ、本物のアニャを名乗る美女を先頭にして、反乱が起こる。それは、重労働に従事していた背格好も麗しい美男美女たちによるものだった。王宮の衛兵は、アニャ同様に醜く太っているため、運動能力に大幅に劣り、反乱軍に太刀打ちできない。新たにアニャを名乗る美女の横に立つのは、アキラだった。
「やっぱり、女王は美人じゃないと」
革命の成就は、目前である。
文字数:2456
内容に関するアピール
前回は「メモ書き」にも満たないものを提出してしまったので、まずは、梗概として成立させることに重点を置きました。自分の問題意識とSFをどう結合させることが正解なのか、試行錯誤が続いております。
参考文献
橘玲「言ってはいけない」
エイドリアン・レイン「暴力の解剖学」
マシュー・ハーテンステイン「卒アル写真で将来はわかる」
文字数:156