梗 概
隠される
日常的に「神隠し」が起こる世界。
神隠しにあった人間は、消えてから20年後に、そのぶん年をとって、消えた場所とほぼ同じ地点に現れる。
以下の法則性が見られる。
・消える瞬間を直接、目の前で目撃する人間はいない
・神隠しにあった人間に、消えていた期間の記憶はない
・再び現れるときは全裸で、もうろうとした状態になっているが、休息をとれば次第に意識ははっきりとしてくる
日本では年間4000人程度が神隠しにあうが、一方で毎日のように、20年前に姿を消した人間の再出現の報も出る。
舞台は北海道。主人公の「わたし」は北海道警察の刑事部に勤めている。神隠しの届け出受理と調査、再出現した人間の保護と受け渡しが「わたし」の仕事だ。
警察が常に頭を悩ませているのは、神隠しに絡んだ狂言事件である。夫を殺害して山中に埋めたのち「神隠し」の届け出を出す妻。神隠しにあったとされる子の親に対し、事件を臭わせ金銭をだまし取るグループ。神隠しの瞬間を直接目撃する人間はいないため、20年後に失踪者が現れて初めて神隠しだったことが明らかになる案件も多い。
神隠しは事故的なものなので、この世界の住人はやや刹那的で、カルト宗教も盛んだ。また、街の至る所にカメラが設置される程度の監視社会にはなっている。まれに人が消失する瞬間が録画されていることがあるからだ(チープなトリック映像のように、瞬間的に人が消える)。そのような映像が撮れると、残された家族はむしろ20年間を堪え忍ぶ理由となるため、何の手がかりがないよりもまだ良いとされる。
「わたし」には別居中の妻と反抗期を迎えつつある13歳の娘がいるが、ある日妻から「娘がいなくなった」と電話が入る。神隠しにあったのか、事件に巻き込まれたのか、あるいは妻が何らかの理由で「わたし」を騙そうとしているのか。「わたし」は次第に日常の仕事を放棄し、捜索にのめり込んでいく。妻の現在の恋人、監視カメラの映像、怪しげな無言電話など、心許ない手がかりに翻弄されていく「わたし」。
失踪から10日後、記録的な豪雪となった夜、山中で娘が保護される。重度の低体温症になり意識が混濁している娘は、集中治療室に運ばれる。娘の鞄のなかにあった日記を読んだ「わたし」は、家庭不和を理由とした単純な家出だと知り、自責の念を覚える。危篤状態になった娘を「わたし」と妻は見守る。明け方、ふと窓の外を見やった2人は、病院横の森にたたずむ一匹の鹿に見とれる。ベットを振り返ると、娘の姿は消えていた。娘は今この瞬間、神隠しにあったのだ。
「わたし」は、20年後に危篤状態の娘と再会し、またすぐに死別する運命を想像するが、心のどこかで、不条理な「神隠し」の裏に潜む何かに、希望も捨てきれなかった。
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内容に関するアピール
先日、とある失踪事件を追ったノンフィクションを読みました。消息を絶った娘を探しまわる家族への取材のなかで、特に印象に残ったくだりがあります。家族が捜索のなかで最も恐れたことは、娘が遺体で発見されることよりも、「謎が解明されないまま、10年も20年も探している状況だった」というものです。
神隠しが事故的に発生する世界で、誘拐や失踪、殺人などの事件がどのように影響を受けるのか、謎が解明されないまま取り残された家族は果たして絶望するのか、あるいは20年後に希望を見いだそうとするのか、といったあたりを考えたいと思います。「年間4000人程度」という数字は、日本で年間に起こる交通事故の死者数が近年このくらいを推移していることから設定しました。ラストで鹿が出てくるのは、「神隠し」という不条理の裏にある「神」の作為を匂わせたかったためです。
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