「理想の展示を構想する」
全体コンセプト「CARE」
理想の展示とはどんなものであろう。このところそのことについて想いを巡らせてきた。だが、これまで鑑賞したことのある展示にまつわる記憶を紐解き、数々の資料を調べたりしても、見栄えの良いハリボテをでっちあげようとしている気がするのはなぜだろう。
そんな中で、ゲンロン新芸術校第6期の成果展まで関わり、展示する場所も含めて立ち上がって来るものが展示なのだという感銘を強く受けた体験から、その気づきに対して素直に構想してみたい。
私はグループCの展示「『C』戻れ→元の(世界)には、もう二度と←ない」において、「CURE(治癒)/CARE(ケア)」という視点でキュレーターを担当して以来、同じスタンスで6期全体を見守ろうと思ってきた。故に、この展示全体についても、継続的にケアするという意味を込めて「CARE」というコンセプトで括ることにする。
「CARE」は、Ⅰ案「MEGURO NO SANMA リターンズ」、Ⅱ案「∞(ピクニックの途中)」&「女の都」、Ⅲ案「ノスタルジア」の3部で構成されている。
★Ⅰ案
展示名:「MEGURO NO SANMA リターンズ」
参加者:
安藤卓児、飯村崇史、大倉なな、加瀬雄一朗、川﨑豊、甲T、サトウ、junjun、星華、圡金、出川慶亮、新田紘平、BOCHA、前田もにか、宮野かおり、三好風太、ユササビ、ながとさき、藤江愛、白井正輝
会場:「rusu」 東京都目黒区下目黒3-4-9
期間:2021年9月11日(土)~19日(日)
図面:
コンセプトの説明:
「MEGURO NO SANMA」の面々がアップデートして帰って来た―ゲンロン新芸術校第6期成果展Ⅱで、魅力を開花させた作家たちが再び目黒の地に集結。目黒のさんま祭りが開催されてきた時期(2020年はコロナ禍で中止)に、一軒家オルタナティブスペース「rusu」で展示を開催する。前回の開催時期は早春だったが、今回はさんまの脂も乗った芸術の秋に、前回よりさらに発展させた内容で、展示会場である家自体が命を帯び、生き物のように作品と共存する展示を試みる。
「rusu」は年季の入った古民家であるため、家をケアしながら設営することになり、その過程でエネルギーが通い合う効果も生み出される。家が私たちの夢を見ているのか、私たちが家の夢を見ているのか……めくるめく迷宮のような作用が作品を通して心身にタッチし、ケアにつながる可能性を目指す。
展示作品の説明:
建物の構造に沿って空間のエネルギーを大まかなゾーンで分類し、展示作品についてメモ的に説明したい。作家は特定の領域だけでなく、複数の領域に関与するケースもある。また、今回も「rusu」という固定されたスペースを超えていく行動が予想される。
Ⅰ 拡張~接続ゾーン
(作家全体がⅠの要素に覆われていると言ってもいい)
・圡金:作品が外界へ移動、ワープ、拡張することについての新(深)段階。
・甲T:さらなる「〇」の変化や新たな状態を提示。+ながとさきが作る謎の生命体とのコラボレーション。
・前田もにか:自然や場所とのつながりについて考察を深めた写真やドローイング等。
・ながとさき:「rusu」内に謎の生命体の欠片を接着。
Ⅱ 自然界との共存
・BOCHA:プルートラ人の秋バージョン。
・安藤卓児:樹木との協働、五感やそれ以上の感覚器官との連携をさらに拡げていく。
・大倉なな×BOCHA:コラボレーションの発展形。
・前田もにか:枯草や旧墟の関係性からさらに浮き上がって来る風景。
Ⅲ 現実/非現実
・飯村崇史:日常と非日常を俯瞰しながら改めて「道」を見渡した表現。+藤江愛と境界を共有した制作。
・宮野かおり:これまで追求してきた少女漫画のキャラクター表現を通して見えてくる「少女性」についての、さらなる表現。
・サトウ:「労働・仕事・趣味」を意識しながら制作してきて、今、生まれた変化あるいは変わらない何か。
・星華:基本的に固定された絵画の中で躍動的な表現に挑戦してきた過程から、より開発された段階へ。
・加瀬雄一朗:遊び心に溢れた魔法のようなコラージュ表現を、ますます豊かに機能させた映像作品など。
・藤江愛:現実/非現実の日常の一部を移植。
・白井正輝:ブラックホール!
Ⅳ 侵蝕~循環
・大倉なな:画中画「肺色の水」は、絵の具が規定された絵画から滲み出し、侵蝕する世界観を孕んでいた。窓に移植された植物たちに永遠が宿るように。その果てにある表現。
・川﨑豊:内部を覗き込む構造だった作品が、外界まで流れ出すような変化を遂げる。
Ⅴ 夢との境界
以下の3名は、別々でありながら互いに関連した状態にあると言ってもいい。人の想いと無意識の領域が微妙に絡み合ったゾーンなのだ。
・新田紘平:これまでの夥しいメモのようなドローイングだけでなく、やや大きめのオブジェや写真など別の表現形態も加えた妄想ゾーンに。
・出川慶亮:扉絵から寝台絵へと変遷を遂げてきた先に出現する夢魔と現実(と思っているもの)の正体のようなもの。
・ユササビ:予知夢を作品化したとしても、それさえも作った瞬間に過去になってしまうのだとしたら、たとえば実験的に、未完成かつ現在進行形の作品を想定してみた場合の展示。
Ⅵ 呪い
・三好風太:実は無意識の根底に得体の知れない「念」が存在していることがある。意識的に念を発動した「呪い」の領域に足を踏み入れてきた三好のその先にあるものを、建物の記憶と融合させる試み。
Ⅶ サイバー空間
・junjun:痕跡として示されたサイバー空間はここには存在しないかもしれない。が、かつてjunjunが展示する予定だった場所、またはここではないどこかに、ゲームを題材とした新作を設置する。
★Ⅱ案
Ⅱ案は2種類の展示グループで構成されている。
※目黒組のメンバーが絡んでもいいし、ここから目黒組に絡んでもいい。
展示名:1.(仮)「∞(ピクニックの途中)」、2.(仮)「女の都」
参加者:
- 鈴木祥平、ながとさき、藤江愛、伏木健太、堀江理人、松岡湧紀、宮野祐、村井智、甲T、加治屋弘樹、きんたろう
- 赤西千夏、宇佐美妃湖、田邊恵利子、中平志穂、HIRA、メカラウロ子、宮野かおり
会場:サーカス/見世物小屋のようなテントでツアーのように移動する。
期間:2021年9月11日~終了未定
図面:
コンセプトの説明:
ゼロ地点から向かった先には、何が待ち受けているのだろう。あたかもピクニックの途中のように鼻歌混じりで探検していけるなら、制作活動の苦楽もケアできそうだ。ピクニックにテントは大荷物だろうか。そうなると旅芸人と言った方がいいのかもしれない。そんな作家たちが五反田の縛りから解き放たれた展示を繰り出す試みである。
また、「∞」テント以外に、「女の都」のために別テントを設定する。これは、以前、和田唯奈講師により提案されたジェンダー問題に関連づけられる女性作家に特化した企画からインスパイアされた。
展示作品の説明:
- 「∞」テントの内部は秘密基地のような趣である。まず、テントの入口には、①加治屋弘樹が手がけた体温で変化する絵画が設置され、検温が義務付けられた世の中での存在感を発揮。テントの内部へと足を踏み入れると、②松岡湧紀による複数のデバイスが誘導するように設置され、③甲Tが発信する正体不明のデバイスも紛れ込んでいる。中央には④宮野祐によって「ここではないどこか」への回路が構築されており、挟むように⑤鈴木祥平の監視カメラか天体観測器か不明の物体が配置されている。⑥伏木健太が創造した不可思議な王国の奥には、⑦村井智が探求する神の間が密かに独自のエリアを形成。そんな街中では、⑧堀江理人の紡ぐ家族世界や、⑨藤江愛による浮世離れと生活感が融合する不思議な作品群、⑩きんたろうの描く台所絵画が、一見平静に維持されている。ただ、そのように均衡が保たれた世界で、⑪ながとさきの生み出す謎の生命体がさらに新しい成長を遂げつつあるのだった。
- 「女の都」テントの入口には、⑫メカラウロ子による見世物小屋風の水族館を連想させる「人魚の涙」ハウスが設営されている。中央では⑬宮野かおりの少女画を展開。⑭田邊恵利子のブースではこれまで制作してきた生命の循環を漲らせ、⑮赤西千夏のロマンティックな絵画等で装飾を極めた空間は少女の個室のように存在。テーマ「地図と領土」自体がテントでの移動とリンクする⑯HIRAは、これまでの発展形を試みる。そして⑰宇佐美妃湖は自身の制作の痕跡を展示。奥には⑱中平志穂による18禁ブースが設置されており、「愛」の複雑怪奇に迫る。
★Ⅲ案
展示名:「ノスタルジア」
参加者:中田文、廣瀬智央、上田麻希、アネルズあづさ
会場:幼少期を過ごした神戸の生家(夢の中)、再現するなら原美術館跡
期間:未定
図面:
コンセプトの説明:
展示会場への移動の前中後で受ける刺激も美術鑑賞の一部だが、そんな世間での摩擦を省いた展示を考案する場合、夢でしか行けない場所……幼い頃に暮らしていた生家でのノスタルジアを想起させる匂いの展示を思い浮かべてしまう。いわば自分自身のケアである。究極の理想は睡眠時に夢の中で鑑賞する状態だが、現状ではどこかの会場に架空の空間として再現することになるのかもしれない。近未来、夢見るアロマを開発してみたいという密かな野望を抱きながら。
展示作品の説明:
1F:①玄関前に植えられていた金木犀の仄かな匂い。②居間に満ちる本やお茶の香ばしい匂い。③庭に植えられた植物たちの瑞々しい匂い。
2F:④アトリエ内に漂う絵具の匂い。⑤寝室に浮遊する白粉の甘やかな匂い。
では、夢でお会いしましょう。
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