「あのときの ゆれみが のしかかってくる」ー単 璐薇 初個展

「あのときの ゆれみが のしかかってくる」ー単 璐薇 初個展

<ステイトメント>

 

あのときの

ゆれみが 

のしかかってくる

 

この一年、感染症拡大防止のために日常が大きく変化した。どこかへ赴いたり、出会ったりする機会は奪われ、まるで隔離されるようにして自室に籠もった。画面越しの交流には実感がなく、まるで自分だけがこの世界にぽつんと存在し、時間や距離から切り離されたかのように感じた人もいるのではないだろうか。

 

自分がいない世界。

 

その世界では、普段あなたの周りにいる人は、一体どんな人生を送っているのだろう。自分という存在が、そんなに大きく誰かの人生を変えたことなんてないと思うかもしれない。何気ない日常を、生きてきたと思うならば。

 

だが、あなたがいない世界とあなたが生きるこの世界とは、異なっているものであるはずだ。

何気なく耳にした一言を何年も経った後でも覚えていることがあるように、この世に放たれた事柄の持つ響きが、誰かの人生に何らかの作用をもたらす、その可能性はゼロではないと信じたい。

それがどんなに些細であっても。

 

作品もそうだ。出会う前とそのあとでは、何かが違っているのかもしれない。

 

 

本展覧会が初個展となる単璐薇は、中国 遼寧省出身の染織作家である。

これまで「記憶を喚起する布」をテーマに制作をしてきた彼女の作品は、鉄釘から自ら収集した鉄粉により「錆びた糸」を作るところから始まる。「錆びた糸」で織り上げられた布は、金属特有の硬質さを感じさせながらも、綿布の柔らかさを併せ持つ。

 

作品は、彼女にとって日記のようなものであるという。自身の記憶を、布を用いてレコーディングしている。「布」という素材への固執は、それが持つ様々な風合い、質感によって、ある出来事があった当時に近い感覚を表現出来るのではないか という思想に基づく。鑑賞者には、これまでの人生の中で感じた五感の経験をもとに、作品を鑑賞して欲しいという。

 

作品に用いられるイメージは、彼女の故郷である工業地帯を基軸に、我々が普段よく目にする空き缶や、看板などの日常的なモチーフも多く散りばめられている。

それは、来日後、彼女が幾度となく繰り返した日本国内での引っ越しや、日本と中国間の移動。また、世界中を旅した経験の中で、彼女の中を通過していった土地や、出会う人々との交流により作り出されたものだ。

 

コロナ禍で場所の移動が制限されている中で、鑑賞者は、小旅行をしたかのような感覚を覚えるかもしれない。イメージ内に収められた、どこか遠くの、しかし見覚えがあるようにも感じる景色。

そのイメージは、自分たちがいる世界と、いない世界の狭間に位置する、時間も距離も不確かな、ゆれみがある世界かもしれない。

所在が曖昧な土地や、既視感がある知らない風景…。それを目の前にしたとき、自分と他者との世界の境界線が揺らぐかもしれない。程度は鑑賞者それぞれにより異なるであろう、その感覚を「ゆれみ」と呼びたい。

 

彼女のまなざしがモンタージュされた、時間も距離も超えたそのイメージに、いまこのコロナ禍でこそ触れて欲しいと思う。

 

本展示を経て、あなたが、新しい場所に出掛けたとき 冷えた指先に息をかけるとき、遠いところから来た人に出会ったとき、誰かの落とし物を見つけたとき…。

今日ここでみた何らかのゆれみが、自分にのしかかる瞬間がきたとして、

 

そのとき、あなたが見る世界は、きっと新しい。

 

今、明日、3カ月後、10年後…、ここで見たことが、あなたの身体に刻まれて、ふとある景色に出会ったとき、彼女の作品のイメージを強く思い起こす時が来るかもしれない。

そのとき、彼女が生み出した世界のゆれみに触れたとき、あなたが、これまで見えていなかった世界に出会うことが出来たならば、それより嬉しいことはない。

 

 

 


◎概要

 

・展示名:「あのときの ゆれみが のしかかってくる

・出展作家: 璐薇 

・期間・場所:未定

 

・本展示について

中国出身の染色作家 単 璐薇(shan luwei)の初個展を開催する。

東京藝術大学 工芸科の博士課程に在籍中の彼女は「記憶」という言葉をキーワードに染織作品を制作している。伝統的な工芸の染織技法を土台にしつつも、「工芸」、「現代アート」という領域を問わず、自由に作品を発表し、活動を進めていく予定だという。

作品が「工芸作品」として受け入れられると、その領域外の人々に評価を貰うことは、難しいのが現状かもしれない。本展示のキュレーションを担当する筆者も、大学在学中は工芸科に所属し作品を制作していた経験があり、それを肌身で感じてきた。

「アート」として、自分の表現を布を媒体として、伝統的な工芸技法を我がものとして作品を作り出す彼女の活動を支持したい。

今回の展示が、彼女を「現代アート」にも「工芸」の領域にも留まらない、その両者をつなぐようなアーティストとして、色んな分野の人々に評価され、開かれるきっかけとなれば嬉しい。

彼女のキャッチコピーは「地球が自分のフィールド」。

それほど、自分の置かれる場所を限定しない彼女。今後のさらなる活躍を期待したい。

 


 

◎作家紹介

璐薇 shan luwei

生年月日:1991.08.27

学歴:

2021年 3月東京芸術大学 工芸科 染織専攻 修了(研究生)

2021年 4月東京藝術大学 工芸科 染色専攻 博士 入学予定

 


作品について


                                             
<A Montage of memories 2014−2020> 

本作品は、彼女が大学時代に鑑賞したドキュメンタリー 映画<鉄西区>にインスピレーション を受けているという。<鉄西区>は、彼女の故郷である 中国北部瀋陽 において、時代の変遷とともに廃虚となっていく工場や街を舞台に、変化を余儀なくされる人々の姿が映し出されている。
作品の支持体となる布は、彼女自身が織り上げたものである。糸の密度を工夫することによって、うっすらと向こう側の景色が見え隠れしたり、 あえて布に傷を与え時間の経過を感じさせていたり…一枚の布の中にも様々な表情が見える。

 

(部分)

 

 


・その他作品

     

Remind
制作年:2020
サイズ:H115cm×W250cm
技法:ほぐし絣、錆染、シルクスクリーン捺染

「記憶」の中に存在する物事は、時間経過に沿ってしばしばその形を変化させてゆく。次第にその輪郭がぼんやりと変化し、時間経過に沿って部分的に消えていく記憶もあれば、より強まっていく記憶もある。その様子は、時間とともに様子が変化する錆の様子に似ているだろう。本作品は、経糸ほぐし絣という技法で、日常生活のどこにでもみられるモチーフであるガスメーターの輪郭を布にうつした。

 

 

secrets of the heart
制作年:2019
サイズ:H32cm×W440cm
技法:錆染、平織り、シルクスクリーン捺染

 

 

 

Bark-inside&outside
制作年:2019
サイズ:H75cm×W160cm
技法:錆染、二重織

 

《Pieces of Memories
制作年:2017
サイズ:H250cm×W540cm
技法:錆染、平織り、シルクスクリーン捺染、抜染

 

 

◎展示構成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎制作過程

鉄粉の入った水に糸を浸し、糸の錆染めを行う

 

織り機で布を織り上げたあと、シルクスクリーンでイメージを捺染する。

 

文字数:2922

課題提出者一覧