「C」を読む

「C」を読む

2020年11月7日(土)-11月15日(日)、ゲンロン新芸術校第6期グループCの展覧会「『C』戻れ→元の(世界)には、もう二度と←ない」が開催された。

出展作家は、宇佐美妃湖、加瀬雄一朗、サトウ、junjun、出川慶亮、中平志穂、新田紘平、HIRA、伏木健太、BOCHA、村井智の11名。CL(コレクティブリーダー)課程の中田文がキュレーターを務め、田中功起氏と磯村暖氏が講師として展示指導にあたった。

 

祈り、魔法、空想、思考、犯罪、休息、あらゆることが渦巻く「C」という世界は、身近にどこにも存在する街のようであり、また、夢でしか行くことの出来ない異界の地であるという。中田のステイトメントより、Cグループの作家たちは「C」という架空の場所の住人、もしくは登場人物であるように感じられる。

アトリエは棚の配置によって複雑な迷路のように変化しており、11名という多くの作家たちの作品がインストールされた空間は誠に複雑であった。

「→」を特徴的に用いたアナグラムのようなタイトルからは、鑑賞者をこの短い文中を永遠に行き来させる印象を与える。その印象はポスターデザインにも見受けられ、ビジュアルに描かれた記号化された文字は、受け手にとって読むことを困難にさせる。どうにか文字を解読しようと、DMに印刷されたビジュアルイメージをくるくる回していると、既に自分がCグループ内の「行き来し続ける」世界に取り込まれてしまっていることに気が付く。

中田のステイトメントによると、「C」には作家それぞれの物語が存在する。

物語はjunjunを起点として「⇆」の記号を介して順に各作家へ続いていく。

今回は、この作家間に表記された「⇆」の役割に注目したい。「⇆」が「行き来する」ような意味合いだとすれば、隣り合う作家同士は、何らかの相互作用を持ちうるのだろうか?

それぞれの作家から抽出されるキーワードを手がかりに、この展覧会の連鎖関係を読み解いてみようと思う。

 

*「C」という展覧会を、作品を通して読み解く上で、下記の形式に沿って作品を  紹介していくことにする。

・作家名・作品タイトルの前にはハンドアウトに記載された順番を記した。

<>内 筆者である私が作品から抽出したキーワード。

 

1.junjun《Ain’t the Wall》

 危険ー攻撃性ー痛み

 入り口正面に天井から吊るされているのはjunjunの作品だ。
全体に鋭利な印象を感じさせ、まるで食虫植物を思わせるシルエットが印象的だ。オブジェの表皮となるアルミシートや差し色となる赤・蛍光イエローが工事中の交通標識を思い起こさせるからか、作品からは近寄りがたい危険な雰囲気や攻撃性を感じさせる。
オブジェの端々がギザギザの縁に覆われており、視覚的に痛みを喚起させるようだ。 

 

2.出川慶亮《ゆらゆらと、時に「バンッ」》

 痛みー傷ー自己像

 入り口左手には、長方形の三枚のカンバスが壁から迫り出しており、人体のような像が描かれている。画面はまるで痛々しい傷だらけの肉塊といったような印象だ。
近くで見ると、粘着質の薄膜(粘着テープ)が捲れ上がった皮膚のように画面に付着しているのが分かる。
絵の具と別の媒体が融合したその部分には、両者が本来持ちうる素材感を超えた、新たな質感が生み出されている。出川は、日々変化していく自らの身体を画面に重ね、リアルな自己像を記録する。

 

3.新田紘平《モナ》

 自己像ー反復性ー増殖

 アトリエの壁中に散りばめられる女の子(のように見える)イラスト。
彼は大学時代からこのキャラクターを描き続けているという。
モナって誰だろう。
展示方法やサイズから、それらはまるで思い出の写真のようにも感じられる。そう捉えると、彼の作品は、彼とモナが共に過ごした自らの記録として観ることも出来るだろうか。
モナの様々な表情に、新田自身の過ぎし日々が想像される。それは、観客でいうところの家族写真に近いとも言えよう。
モナは、彼の内なる世界を起点としながらも、鑑賞者の個人的な記憶を喚起させる装置のように機能する可能性を孕みながら、日々増え続けていく。

 

 4.BOCHA《群体動物》

 増殖ー寄生ー拡張

 白い棚に並んだシャーレやガラス瓶の中には、一見見えにくいが「ヒドラ」という生物が存在する。
私達は普段接する人から受ける思考や口調を、自然と自分に取り込んでいる。その逆も然りで、自分の一部が他者に取り込まれていくことで、知らずに増殖していく自分の一部がある。
誰しも身に覚えのあるこの現象を、彼女はヒドラの生命活動に見出した。
ヒドラが増えるように私達の一部も他者へ伝染し、拡張していく。目に見えない、言葉や声。その実態のなさや「軽さ」が、作品の素材であるラメや、蛍光色のビーズを用いることで効果的に表現されている。

 

5.HIRA《肌を読む》

 拡張人生ー愛情

 「肌は領土、皺は地図」という独自の考えのもと、様々な媒体で作品が展開されている。
肌をマイクロスコープで拡大し、皺や古傷といった跡を土地に見立て、その世界を拡張していく。
人生の記憶がレコードのように刻まれるならば、皺=レコードの溝と認識を変えるだけで、他者に対する見方は変わるかもしれない。誰に対しても、見えない背景が存在することを意識することで私達は人をより尊重し、愛情を感じたり、優しくなれるかもしれない。

 

6.宇佐美妃湖《不在の犬》

 愛情ー被害と加害ー自己意識

 ペットショップの写真が貼られた大きな壁と、その前に設置された白いガードレール。そこに繋がれる赤い散歩用リードは空っぽで「飼う側↔飼われる側」における主従の関係性のみが抽出されているようだ。
向かい側で窓の外の壁に向けて投影される、犬が過去のトラウマを背負っている様子を切り取った映像を観ると、胸が痛む。
人は誰しもが傷つきやすい。少しのきっかけで受けた傷を加害した側は同じように覚えているだろうか。反対に自分は自分自身の加害を覚えているだろうか。
当事者として誰かに傷つけられること、それと同じくらい、自身が加害者になっている可能性もあるという、被害と加害の関係を考えさせるようである。

 

 7.サトウ《かすかな声》

 自己意識ー混沌と整然ー肉体

 サトウは、労働による社会的な安定に依存する自己像を展示する。
作品は、2枚の木板の圧着によって出来た規則正しいプリーツ→下方に垂れるにつれ緩くなるドレープ→眼球のようなグロテスクなオブジェへと変化していく。
社会的規律に束縛された身体と、混沌とした感情の2つのせめぎあいが、柔らかい布をうまく利用し表現されている。一枚の布を様々な造形に変化させ立体物に混在させる様子は、彼が一つの肉体を引き裂かれそうになりながらも、「混沌」と「整然」というの相反する2つの言葉の中を行き来しているように感じられる。

  

8.中平志穂《会食リズム地獄》

 肉体ー苦痛ー他者から見た自分

 「会食」とは、相手と時間を共有するための一理由に過ぎない。誰かと時間を過ごすために避けては通れない「会食」だが、それに付随する(単なるオプションに過ぎない)「ものを食べる」という行為は、彼女を大きく苦しめる。
興味深い点は、作品をコミカルな映像やゲーム仕立てにすることによって、自身が経験した肉体的かつ精神的な苦痛を、冷静に俯瞰し見つめ直していることだ。
会期中もなお、会食相手を募集するという彼女のパフォーマンスから、「会食」は「他者から見える自分」をいかにコントロールできるか?という問を、一種のゲームとして捉える魅力もあるのかもしれない。

 

9.加瀬雄一朗《KAO》

 他者から見た自分 ー記号性ー内と外

 加瀬は「顔」の表情を通じて人は相手の内面を伺い知る。内面が外見に影響することもあるが、逆も然りだ。
外見を操作することで、自分が創り上げた架空の「自分」を相手に見せ、コミュニケーションを取ることも出来るだろう。だが「他者から見た自分」と「自分の心」、外見と中身に乖離があったとしたら、賑やかな群衆の中にいてもいつしか孤独を感じてしまうだろう。それでもなお我々は時として、顔の持つ社会的な記号性に依存してしまう。

 

 10.伏木健太《Trans(Trans)Parents》

 内と外ー境界面ー出現する向こう側の世界

 彼は目の前に存在する空間を、見えない境界面を作ることによって分断する 。アトリエの天井、窓枠からそれぞれ吊るされるブイと銀色の風船。
両者のオブジェは、金属の四角いフレームによってフレームの内外の世界を分断されている。ブイの近くには見えない水面が、窓枠の内と外には境界面が出現する。
伏木は、作品によって境界を出現させ、そこを往復することで、こちら側と向こう側という関係を意識させる。

 

 11.村井智《旅の扉》

 出現する向こう側の世界ー扉ーワープ>

 アトリエの各所に配置された村井の絵画作品は、それを扉として新たな世界へと繋がるワープホールのようにも思える。
画面にはモスクのような窓が空いており、窓からは踊る色彩のような映像と奇妙な音楽が繰り返し流れ、観ていると中に吸い込まれそうだ。まるで映画「マトリックス」の電話ボックスみたいに、別次元の世界への入り口のように感じる。

 

以上、バトンのように機能したキーワードを並べると、Cの骨組みが見えてくるのだろうか。キーワードとなった概念のバトンリレーを振り返ると、ふと、それが「脱皮」を想起するようにも思えた。

 細胞が日々生まれ変わり、自己の身体が拡張していくことに成長痛を覚え、新たな身体へと生まれ変わっていく自己を再認識する。そのイメージに「もう二度と、元の(世界)には戻れない 」という言葉が喚起される。

 

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