作品プラン
《終末の卵》ステートメント
チェルノブイリは遠い過去だと思っていた。
高度な文明社会を維持し、享受する為に新たな安全神話を基に稼働を続けて来た原発。
だが、予測を遥かに超える自然の猛威によって引き起こされた、戦後最大の悲劇である福島第一原発事故。
放出された放射性物質や放射線による汚染の影響は、現時点で何一つ明確に説明されていない。
特に注目するのは放射線による経世代的影響と言われるものだ。
しかし時とともに記憶が薄れ、実際どれほどの人間が危機感を持っているだろう。
現実を見れば、小さな動植物に於いては奇形や突然変異という形で既に影響が表れている。
拡散する大気中とは違って、海洋汚染が進めば影響はもっと深刻に違いない。
人智の及ばないところで起こる事故に対して安全とは言い切れない危険な原発だが、放射能汚染という最悪のリスクを抱えながら経済優先の社会では尚も稼働し続けている。
一方で、地球上の生物は地球が誕生した時点から降り注ぐ宇宙線や地殻中の天然放射性核種といった、もともと存在している微量な自然放射線を浴び続けている。
ある仮説では、この放射線にさらされる環境の中で生物たちが「遺伝的進化」を重ねてきたという。
それによれば、ホモ・サピエンスの誕生も長期にわたる放射線の影響での突然変異であり、人類のルーツは放射線によるものともいえるとか。学術的証明はまだ無いが生命科学によるDNAのネガ解析で放射線被爆によるものと思われる損傷は見られていて、それなりに説得力がある。
それに対して大量に降り注ぐの人工放射能は体内に濃縮・蓄積するため多大な影響を及ぼす。
1950年代には世界中で大気圏中での核実験が繰り返され、相当量の放射性物質が撒き散らされていた。
ただ自然であれ人工であれ、放射線にさらされる環境の中で我々は次の世代に命を繋いでゆかねばならない。そこには環境に適応していくという遺伝的進化への希望もなくはないのかもしれない。
放射線により汚染された人の生殖細胞の受精場面を、同じく汚染された日本の海と重ねて描くことで、皮肉に生命の誕生と希望を表現した。
汚染され傷つき、鋭く尖った牙の頭をもつ無数の奇形精子はイワシのように群れをなし、ぼろぼろになった卵子はクラゲのように漂いながらその時を待っているのだ。
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