チェイス・ラプソディー

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梗 概

チェイス・ラプソディー

3章立て。1章は母への手紙、2章は母からの手紙、3章はその後の話。

 

〈設定〉

管理社会の行き過ぎた、かなり近い将来。個人の性格指数、感情振幅係数、環境影響係数を含めた予測により、個体の犯罪予測の的中率は7割程度と言われていた。ただし、個体因子における環境影響係数の精度を保つには、5~10年程度の継続的な計測が必要であった。そのため、犯罪予備軍と指定された者は、治安維持省より最低でも5年以上のフォローをされた。しかし、成人期からの犯罪予測に比べ学齢期からの犯罪予測は的中率が5割弱と下がる点や、犯罪のタイプに応じて的中率が大きく異なる点が、当該犯罪予測システムの課題として指摘されていた。

 

〈登場人物と背景〉

主人公の少年チェイスは、幼少の頃に父と死別をし、母と二人でつましい暮らしをしていた。10歳で重大な政治犯の予備軍として審問され、本人抜きでチェイスの母が同席する中、医師と治安維持省職員によって、最低10年以上の思想更生院収容との判定を下される。思想更生院では、家庭及び故郷とは隔離させられ、「寮」と言われる施設で集団生活を営む。そして毎日教育及び治療と称して、脳磁気刺激治療、高度映像教育、夜間生体刺激コントロールを施されていた。

 

〈第1章〉

入院して初めて許可をされた、母への手紙から始まる。手紙は年に数回認められている(実際には母には届けられず当局に閲覧されているだけである)。手紙には、なぜここにいるのかはっきり分からず、ある特別な教育を受けるために在籍していると考えていることや、家を離れた寂しさ、私語は禁止されている寮生活でのわずかな他者との交流などが描かれる。更生院では、文字の使用および読書はかなり制限されているため、年数がたっても文章は幼く誤字脱字が多いままである。そして、16歳になったときの手紙では、自分がどうしてここにいるのか本来の理由を知ったことが書かれる。

 

ママ、僕は将来たくさんの人を殺すらしい。本当なの?幻なの?僕は本当に人を殺すの?

ママ、元気?僕の顔を覚えてる?夜一人になって、嵐の音を聞くと、自分の家や生まれたところが吹き飛んでなくなっている気がする。でもそのさびしさは、だんだんと自分もいなくなっていくような気持ちになっていく。ママの声を聞きたい。

この前、考え方テストがあった。何度も先生から聞かれるうちに、小さいころのことをおもいだしたんだ。パパがトラックの荷台に僕を乗せてくれたこと、ママに怒鳴られてパパがずっと黙ってたこと。僕が保育園にいたとき、僕はよくからかわれた。僕はあるときカッとなって思いっきり、殴った。相手が倒れた。それからみんなは僕のことをほめてくれるようになった。相手の体がグニャッとなって立てなくなった。僕が怒ると、みんなはよく静かになった。力は人をひきつける。

ねえ、ママ。僕のこと、僕の性格を覚えている?パパは力がなかったんだ。パパは僕に似てた?ママ、本当に僕は人を殺すの?僕は力を信じている。でも人は殺さない。ママ、僕はどんな子だったの?小さい時のこと教えてほしい。僕のこと、ママのこと、パパのこと、全部教えてほしい。手紙の返事を待ってるよ。愛しているよママ。

 

その後の手紙には「力を賛美する」「力が共同体をつなげる」などの文言が増えるが、しばらくするとそれらの文言は次第に減り、再び自分の幼少期を執拗に尋ねる手紙や無力感を訴える手紙が増えていった。

 

〈第2章〉

チェイスは18歳で成人したときに、母からの手紙を初めて受け取った(息子の手紙を受けての返事ではなく、更生プログラムの一環として母が書いた手紙である)。

手紙には、チェイスと別れた当初は毎日泣いていたこと、隔離されたことに納得できず、面会もできず、とにかく探し回ったことなどが書かれていた。そして、チェイスの家族ということで母自身も月に1回程度の更生プログラムを受けていること、当局から里親を勧められ、チェイスより2歳年下の里子と6年以上同居していること、現在は母自身が新たな恋人を探すため、マッチングプログラムを受けているとも書き連ねてあった。最後にはこう書かれていた。

 

チェイスへ、いくつになっても愛している。けれど、今でもトム(里子)にチェイスのことを、話すことをためらっている。なんでためらっているのか自分でもわからない。チェイスが殺人者でないことを私は知っているのに。私は信じているのに。チェイスの子供のころを思い出そうとすると、トムの記憶が混じってくる。正直に言う。チェイスの空白にトムの色が塗られてしまっている。そんな感じなの。本当にごめんなさい。本当に愛しているわ。

 

〈第3章〉

20歳になると退院かどうかの判定が控えていた。19歳のチェイスはまだ1年先だったが、更生院では不思議なことが起こり始めていた。指導者や医師の数が減り、そのためか今まで禁止されていた私語なども注意されることがなくなっていた。外界とは遮断されているため、はっきりとした情報は分からなかったが、政治情勢が大きく変わり、管轄している治安維持省がなくなるかもしれない、外は戦争で大変なことになっているとのうわさが入ってきた。そして、釈放されるチェイス。外は戦時下。かつて将来の独裁者と言われ、更生されたチェイスは、目の前で戦争を目の当たりにする。

文字数:2170

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