N国について私が知っている二、三の事柄

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梗 概

N国について私が知っている二、三の事柄

1.近くて遠いN国

N国は、国民と完全に統合された国家を作り上げることに成功した。それは生命体を模したかのような“国家身体”ともいうべき体系を作り上げていた。国家知能と呼ばれる高度な人工知能を脳として、インターネットを中心としたデジタルネットワークとそのログは神経系として、国民の動向、嗜好、価値観が国家知脳にフィードバックされる。民意の大きなうねりに寄り添う政策が、国民が自覚するより先に立案される。

統制されたスマートシティに血管のように張りめぐらされた道路では、自動運転でコントロールされた乗り物が走り、積み重ねられた移動経路と観光の記録により、より住みやすく移動しやすいまちづくりがなされる。細胞としての国民は、個別的なオンライン教育を受け、ライフログから健康・栄養管理をされる。この国家のユニークな点は、主流の思想に批判的な思想や異なる思想は、腸内細菌のごとく思想全体を活発化させるものとして、積極的に抱え込む点である。また犯罪や差別を犯した者は、感化院のある島に隔離されるが、犯罪は自国の倫理を免疫的に強化するものとして、犯罪加害・被害の追体験や犯罪者との対話が定期的になされている。

この国家に目指すべき理念や思想はなく、ばらばらな国民や社会を一つの統一体にしようとする強大な推進力によってのみ動いている。やがてN国の国家知能は、セックスを求めるように、他国の情報システムへ侵入し、同一化を目指し、世界的な統一国家を試みるかもしれない。一体どうしてこのような国家ができあがったのか。

 

2.N国の奇妙な進化

X国の属国であるN国は、X国から軍力を有することを認められず、多くのエネルギーはX国からの供給によってまかなっていた。しかしX国の弱体化とN国内での国民間の分断による混乱で、国力は大きく弱まり、今後の政治的立場を見失っていた。野党であったサイバー党は、3つの策を考えていた。(1)地下原子力発電所及び地下サーバーを設立し、他国に脅かされない強力な情報インフラおよびエネルギー確保すること、(2)スマートシティ化で全国民の動向を把握し、今後の動向を予測し、国民の望む政策を提案すること、(3)メタバース空間での政治活動-アバターでの議員登録が(帰属先の人物が特定されれば)可能になったことにより、メタバース空間で潜在的な民意をすくいあげ、人気アバターを擁立すること、である。この3つの狙いが功を奏し、サイバー党は見事与党となった。

サイバー党の次なる目標は、国内の格差や思想の分断をどう包括するかであった。そこで考えられたのが、複数のアバターから構成される多人格大統領であった。メタバース空間に様々な思想の人気アバターを作り、それらをグループのように統合させ、その都度の民意や関心の大きさにより、代表的なアバターを変える仕組みである。実在する大統領はいわば依り代にすぎず、その時々の主要な意見を代弁する役割しかない。その時々の状況により意見はころころ変わるが、国民に絶えず寄り添う究極的なポピュリズムともいえる。こうして、国民には自分の意思で考えているのか、国家の思惑かが判然としなくなるような国と国民の境界線のない、統一的な国家ができつつあった。政治的対立が解消し、サイバー党を含めた政党や政治グループが役割を持たなくなったが、奇妙なことに国民の意欲は著しく減衰して、無力化することになったのだ。

さらに奇妙なことに、N国の国家知能が国民の無力化への対策として打ち出したのは、国内で国家の造反分子をどう抱え込み、テロ行為や犯罪行為をどう担保するかであった。思想的な相違や感情的な対立だけでなく、人権を害するような差別も場合によっては個人と共同体へのカンフル剤として扱われた。それぞれの立場や思想に基づいたすみ分けがされると同時に、様々なグループが自由に接触する緩衝地域が設けられた。驚くべき方法でN国は息を吹き返したが、注意すべき点は、これらは決して多様性の共存でなく、ある一つの全体主義の中で半ば人工的に行われている点である。

最後に警告すべきことは、現在N国はX国と情報システムの一部共有化を試みている。X国は自国のセキュリティを過信してはならない。N国は蛇のごとく、いともたやすくあなた方を飲み込むだろう。

 

 2章立てで書かれた「N国について私が知っている二、三の事柄」というこの記事は、X国に大きなセンセーションを巻き起こした。危機を感じたX国のハッカー有志は、N国の国家知能にコンピューターウイルスを送り込み、バグを生成させようと試みる。しかしN国の国家知能は、自らの情報基盤をマトリョーシカのような構造で仕組んでおり、ウイルスに感染した基盤を即座に無効化してしまう。N国は他国の体を求めるかのようにX国を飲み込もうとしていた。

文字数:1970

内容に関するアピール

お題の答えになっていませんが、武器を探すために書いてみました。正直まだ分かりません。

「嘘あるいは想像力の小石で、現実の不可解さに波紋を起こし、波立たせる」ことを思いながら書きました。しかし、ウクライナ戦争、イスラエル・ガザ戦争、トランプ現象、安倍元首相暗殺など現実の政治的事象の前には、どんなことを書いても私のSF的想像力はうすくかすんでいくような気持ちがしました。

文字数:183

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