コズミックお経、宇宙を震わせる

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コズミックお経、宇宙を震わせる

“ユニバーサルなS・A・T・O・R・I”と謳われた宇宙お遍路は、荒れに荒れていた。原因不明の磁気の歪みにより、巡礼路は閉ざされ、寺は廃墟同然になっていた。

 

総本山では、上層部による会議が行われていた。

「何も再興できず、地球からの偵察船が毎度行方不明になっているだけだ」「我が寺のホープ、マチョリーニもカロヤングも、帰ってこなかった。もう人は出したくない」「しかし地球宗教連から補助金が出ているし、今回も誰かは出さないと‥」

話が行き詰っているところへ若手頭のズールーが割って入った。「お言葉ですが、発想を変えてはどうでしょう。優秀な者でなく、困り者から輩出するのです」

 

白羽の矢が立ったのは、末寺のなまくら坊主グトンである。背は低く小太りで、アライグマみたいな顔だが、どことなく目つきが鋭い。

「はあ、大僧正様直々に何でしょう」「大事な話がある」話は1分で決まった。修行にうんざりしていたグトンには、うるさ方のいない気楽な宇宙旅だ。

「十分な手当金を用意してある。安全を考慮しながらも我がチクネン教のために頑張ってほしい」

 

グトンが高価な正規宇宙船を選ぶはずはなく、最安値の自動運転ジャンク船を探し、乗りこんだ。ただのコンテナにしか見えない怪しい船で、船内には相当古いピンナップ写真が数枚貼ってある。グトンはこっそり持ち込んだ酒を開け、宇宙ステーションにある拠点道場へ向かった。

 

到着すると、住民はグトンの船にギョッとしたが、すぐに出迎えた。

「ようこそ来てくれました。道場に住職がおります。ぜひそちらまでいらして下さい。」

案内された所は巨大なドームで、入口に“チクネン宇宙道場”とばかでかく書かれている。(広いな。しばらくここにいるのも良さそうだ)と思いながら入ると、これまた大きな文字で『飛び出す3Dホログラム!!歴代和尚によるコズミックお経』『どんな時空間でも光り輝く!!フラッシュ経典』と書かれた箱が目に入った。グトンが訝しんで見ていると住民が説明をしてくれた。

「ツンツク和尚考案の修行土産です。一時人気はあったのですが‥」ツンツクと聞いて、グトンはぎくりとした。

 

すると、奥からぬるっとした声が聞こえてきた。「ほー‥珍しいのが来た、地球の寺もよほどの人不足か」浅黒く脂ぎった顔にぎょろりとした目、グトンの嫌な予感は的中した。

(度重なる修行ハラスメントの懲罰で飛ばされたと聞いていたが、まさかこんなところで再会するとは‥幸先が悪すぎる)

グトンの思い描いた気楽な宇宙旅に暗雲が立ち込めた。滞在をあっさりあきらめ、早々に退散しようとするグトンを見て「待て待て。なんだ?泊まらんのか。久しぶりに楽しめると思ったのに」と、ツンツクはにやにやしながら声をかけた。心配そうに見ていた住民から「お荷物になってすいませんが、ここで育てた宙豆(そらまめ)と‥もしよければ修行土産も持って行ってください」と渡されると、グトンはそそくさと船に戻った。

 

びゅんびゅん追い抜いていく船を横目に、グトンの船はのろのろ次の寺へ向かっていた。宙豆をつまみに残った酒をやりはじめた。豆は雑駁な味だが、ツンツクの顔を思い出すと、より一層まずくなった。「けっ、因果は宇宙を超えやがる」ぶつぶつ言っている間に、船は危険空域にさしかかろうとしていた。

 

ふと窓から下をのぞくと、漆黒の闇の中に白いもやもやとしたものが浮かんでいる。(宇宙に雲があるのか‥おや、くっつくぞ)と思うや否や、船はぐんと下に引っ張られた。

なぜか大きな衝撃はなく、ばふっと着陸した。窓の外は、雲に包まれているのか、真っ白で何も見えなかったが、よく見ると、雲がうごめいているのが分かった。雲同士で、磁石みたいに反発しあいくっつきあいを繰り返し、雲は数キロメートル四方に大きく広がると、グトンの船を完全に飲み込んだ。船は大きく揺れ、ゆがんだ。ゆがんだドアの隙間からどんどん雲が入ってくる。チカチカと船内のスイッチが激しく点滅し、船床に放られた3Dホログラムとフラッシュ経典が眩い光を放ち起動した。

 

雲はふわふわした綿のような感触で、グトンの体を少しずつ絞めつけた。帯電しているのか、体が心地よくしびれ、グトンは大きな長い屁をした。うつらうつらしたグトンの目に、雲に絡まった船の残骸や死体がちらと見えた。そこに突如3Dホログラムの和尚の群れが映されたかと思うと、今度は激しい速さで明滅する経典の文字が雲を突き抜けた。真空のため音は響かず、数百人いる3Dホログラムの和尚たちは鯉のように口をパクパクさせていた。グトンは自問した。(俺は一体何を見ているのか)

 

その時である。お経が地鳴りのごとく鳴り響き、宇宙は一瞬震えた。雲の中に閉じ込められた屁、その屁の中にたっぷり含まれたガスの中で、お経が音として震え、その振動が雲に伝わると雲は霧消したのだ。広大な宇宙に一人、グトンはもう一度屁をした。

 

文字数:1996

内容に関するアピール

「過剰」といえばてんこもり!登場人物、ストーリー、小道具全て、てんこ盛りにさせていただきました。ご賞味ください!

文字数:56

課題提出者一覧