梗 概
槍の涙は血
北に、土地も海もさして肥えていない土地があった。海獣の毛皮や角、女達が織った布を交易して暮らしていたが、傭兵としてもよく働いたので、「二面の民」と呼ばれていた。女性も時には戦に参加した。
ことにラクサという娘は女の仕事も上手くこなし、剣などの武芸でもことに投げ槍の腕が立ったので、近い将来良い嫁になるだろうといわれていた。また、内股に戦いの神を意味する紋を付けて生まれていたので、周囲は戦いの神の守護を得た娘と噂し、本人も誇らしく思って、投げ槍にその紋章を刻んでいた。
市が立ったある時、ラクサの織った布や刺繍を褒める男がいた。着ているものから察するに、そこそこの富と名望を持った男だった。ラクサはそれよりも武芸を誇りにしていたため、冷たい反応しか返さなかった。市の浮かれた雰囲気で、投げ槍の勝負が他の男女も加わって行われることになった。結果、的に一番近く投げたのはラクサ、より遠く投げたのはその男だった。男はラグナルと名乗った。ラグナルが素直にラクサの腕を認めたため、ラクサはにっこりと笑って見せた。以来、市が開かれる度、ラグナルはラクサの家が商品を並べている場所に来るようになった。
暫くして傭兵の申し出があり、ラクサも皆の戦闘心の鼓舞を兼ねて戦場に行くことになった。
混戦の中で、ラクサはラグナルの装束を目にした。色と紋から察するに、相手方に与していた。 きん、と音を立てて 手近の男の攻撃を受け流して更に殺し、槍を振りかぶった。
戦闘が終わった後、ラグナルの死体をラクサは見つけた。心の臓近くに刺さった槍を抜き、呟いた。
「一瞬で死なせてあげられたのかしら」
槍に彫りつけた紋章がほのかな光を放った。
その3年後、ラクサは名望ある鄕氏に嫁いだ。子も複数産み、嫁ぐ前の評判どおり、と噂された。
しかし、彼女の目は時折遠くを見詰めていた。
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