梗 概
聖器と奇蹟と修道士と
修道院の、街での仮詰め所は多くの人々に取り囲まれている。十数年に一度、「許しの聖水」が撒かれる日であるからだ
「お前さんも苦労するねえ」
大役を担う修道士ゲオルグは、コツンと聖杯に額を当てた。夜空に沢山の星の塊が輝き、その光が相互に塊の光をいや増している。普段は無精をしてひげが生えている顔を綺麗に洗っている。
ゲオルグは儀式を施された水を、職人が誠心込めて作った台に載せた器に入れた。低位の修道士達が肩に担いだ輿の椅子にすわり、器と、水を撒く為の房のある紐を握りしめた。
輿が持ち上げられると、わあ、と歓声が上がった。
様々な人々が聖水を請う。ゲオルグはなるべく穏やかな笑みを浮かべながら水を撒いた。その中で、ゲオルグには見えた。脚萎えの物乞いだ。ぽうっとその脚が光っている。しかし、その脚は実は萎えてはいない。祭のなかでの物乞い目当ての男だ。ゲオルグは合図を出して輿を止めさせて降りた。不意に群衆が静まりかえる。ゲオルグが足を運ぶにつれて、それ自体が奇蹟のように人々は脇にどく。ゲオルグは偽足萎えの男の前で立ち止まり、水に浸した紐でその男の額をなでた。
「まずは許しを請いなさい。苦労はありましょうが、何か職を手に付けなさい。悩みがあれば修道院に来なさい」
男の目から涙があふれ出た。男が修道士としてのゲオルグの地味な衣にすがりついて大声で泣く。そっとそれをとめ、ゲオルグは輿に戻った。今度は、わ、と歓声が上がる。許されよ、癒やされよ、と叫びながらゲオルグは水を撒いていった。
聖水の施しのあとは、祈りの式典と王も出席する宴が開かれる。ゲオルグは宴には出席せず、聖杯の始末をしていた。柔らかで、普段ならば器を拭うことになどまず使わない布で余った水を拭った。
「やさぐれた傭兵が聖なる修道士様か」
口の端だけで笑った。ゲオルグもまた、水をかけられて修道院に入った者である。
そして、聖水の施しが稀なことの理由を知った。聖なる力を持つのはこの夜空の煌めきを全て集めたような器でなく。修道士自身にある。その力を持つ修道士はめったに現れない。
「お疲れさん」
しゅ、と布で器を払った。器の星々がほのかな光を放った・
数百年を重ねて幾人かの力を持つ修道士が祈りを捧げた後。器はそれ自体が力を持つようになった。
文字数:951
内容に関するアピール
曜変天目茶碗をイメージしました。少々短すぎたかな、とも思いますが。ですがゲオルグの過去を書けたのでまずはよしとしたいです。
参考資料
岩波書店『中世の奇蹟と幻想』
MIHO MUSEUM 『大徳寺 龍光院 国宝 曜変天目 草履草履』
文字数:114