酒の肴は眠る猫

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酒の肴は眠る猫

 日本人の同僚、一雄が学会の最終日の夜に案内してくれた「イザカヤ」は、個人経営店ではなく、イギリスでで慣れ親しんだパブとは違うがくつろげた。異邦人のヘンリーと、古い社のある実家がここキョウトから近いという一雄が英語で物理学の議論をしても廻りはとくに気にしていない、あるいは気にしないふりをしている。
  案内してくれた一雄も久し振りに日本に帰ってきて嬉しいらしく、普段よりも酒の量が多い。
「しかし、イグ・ノーベル賞はふざけるにも程があると思わないか。特にあの、猫が液体だという理論」
「多くの体験を理論にしたのはすごいと思うよ、ヘンリー。猫を飼っている人間は皆納得しているらしいし」
「まあ、あの賞はそもそもそういうものだがね。ある意味名誉だと言えなくもないだろう、ヘンリー」
一雄が日本酒の器をくい、と空けた。
「逆に、液体が猫になったら面白いだろうねえ。そう、『コノイザカヤノサケハネコデアル』とか」
 一雄が何か日本語で口にしたとき、ヘンリーのグラスの中身が泡立ち、形を取った。
「くるっぷーにょわー」
 猫だった。
「お、おい、カズオ」
 店内では他にも悲鳴やグラスの割れる音が相次いで上がっていた。そこで大小の猫が走り回り、酒瓶の中でも猫が騒いでいる。
 普通ではあり得ない色の猫もいる。どうやら酒の色や性質を反映しているようだ。本国イギリスにもこの手の伝承は多いが、見たことはない。
  と分析している場合ではない。ヘンリーは我に返った。
「やあ、君可愛いねえ。おうちはあるのかい。僕の実家に頼んでみようか。」
 一雄はそんな店内を尻目に、のほほんと一雄自身の目の前にいる猫に話しかけていた。「ふんぐる」
「そうか、おうちあるんだ」
 英語で話しかけているので、酔っ払っているのか正気かがわからない。
「あああ、ほら、とにかく水飲め水」
 ヘンリーは取りあえず、すぐ側にあるグラスを中身が水であることを確かめて一雄に飲ませた。
「オット、ヤッチャッタカ。『サキノコトノハハナシトセヨ』」
 店中を徘徊していた猫は消え、代わりに床や卓、椅子が酒浸しになった。服が濡れた客も多いようだ。匂いも混じり合って、アルコールなのか何か分からなくなっている。割れた酒瓶も多く、店の損害は大きい。
「カズオ、これはお前の」
「正気の物理学者が、何か呪文を唱えたら酒が猫になりましたと言うのかな」
 しれっと言ってのけた。
「……とはいえ、このままにしておくのも心苦しいし、明日実家に行って話通して、ネチネチばあさまに説教くらって来るよ」
 頭をかきながら苦々しそう言う一雄に、ヘンリーは苦笑を漏らした。
「私もいこう。日本の観光地じゃないshrineがどんなものか見てみたい。」
「歓迎するよ」
 今日の閉店を告げる店主に、二人は片付けの手伝いを申し出た。

文字数:1148

内容に関するアピール

  猫飼いとして、つくづくと猫は液体だと思っているので書いてみました。言霊使いの物理学者は都合上作ったキャラクターですが、なかなか気に入ったのでプライベートでも使って見たいと思います。

参考資料:ウェブサイトSippo

文字数:108

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