梗 概
海を切り裂いて
・初夏。海の水面からビルや信号機が突き出ている。すべて、錆びたり苔むしている。船に乗って移動しているのは、埼玉県民の雑誌記者、倉敷遼太郎。楽観的な青年。彼は「埼玉の外に出てみた」的な企画の取材のために山梨県を訪れている。ネットも無く不便なものの、忙しい毎日から解放された気分でいる。
・逗留するのは、廃墟の海にぽつんと佇む大きな日本屋敷。主の万人橋義一は、人あたりがよい。屋敷には女の用心棒がいる。水上沙織。いつも金属バットを持ち歩いている。乱暴者だが面倒見はよい。
・屋敷は豪勢なつくり。水上は監視カメラ等の機械の整備も担当している。埼玉の先進技術には及ぶべくもないが、レトロな魅力がある。
・100年前、世界のあらゆる場所を大波が襲って、常識が壊れた。原因不明のまま、冗談のように街が崩れて、今では海抜が100m上がっている。生き残った人々には大きな不可解が残されたが、それでも人は生きていかなければならなかった。現在の日本では、まるで常識を守ろうとするように、ドーム型都市が埼玉に築かれ、その内と外で格差が拡がっている。
・陸上。万人橋の仕事を取材する。万人橋の要望を聞き入れつつ、雑誌の記事を作り上げる。まあ、こんなものか、という気分になる。窓の外で喧噪。
・水上と倉敷は共に、少年野球の練習を見学する。水上は、金には「良い金」と「悪い金」があり、プロ野球選手が稼ぐのは「良い金」なのだと語る。「悪い金」は、薬物を売ったり人殺しをしたりして稼いだ金らしい。水上は子供たちに慕われているようだ。水上は楽しそうだが、用心棒は人殺しをする職業である。その心の内は倉敷には測れない。
・夜。水上が本を読んでいるが、何の本なのかは隠されて分からない。教養があるのに、なぜ用心棒で命をかけるのか、倉敷は尋ねるが、まともな返答はされない。
・あくる朝、屋敷に警報が鳴り響く。海賊が来たらしい。監視カメラに数隻の船と、小銃で武装した乗組員たちが映る。一方、屋敷にいるのは、金属バットを持った水上だけ。うろたえる倉敷だが、二人は落ち着いている。
・屋敷全体が揺れ、土台のビルが顕わになる。海水がビルに吸い込まれ、巨大な渦潮が出来る。船が転覆して、海賊が落ち、そこに電気が流される。二人は屋敷の機構を自慢げに語る。あまりにあっけらかんと命を奪う様子に、面食らう。
・水上に「ここに残っていろ」と言われるが、倉橋は外に出ていく。水上は生き残った海賊たちを殺している。倉敷や水上と同年代の青年もいる。
・倉敷は海に飛び込み、海賊を助ける。「適当な同情で助けるな」と水上は不快を示すが、倉敷は強情に跳ねのける。水上のこれまでから、水上は、子供の塾を作るために金を稼いでいるのだろう、と指摘し、子供の未来を信じるなら、目の前の未来も奪うべきではない、と混乱しながら強弁する。倉敷のまどろっこしい良心の発露の仕方に、水上が破顔する。
文字数:1195
内容に関するアピール
武器:登場人物に敬意を持ちがち
「こういう展開を書くと失礼なのではないか」という思考を、登場人物全員に持ちがちである、という点が武器だと考えます。
たとえば今回は、違った価値観を持つ二人の人物が出会う話ですが、なるべく、どちらの良い面も悪い面も描き、語り手としてフラットな結論に導くように心がけました。他の人物も、なるべく使い潰すことがないようにしたつもりです。
この作品でそれが達成できているかは判断を留保しておくとして、何かの価値観を肯定するだけの物語は、今後小説で読まれるべき物語ではないと思います。(もちろん、例外はありますが)
嘘をついて利益を得ようとするような人々が、そういう物語を世の中にばらまいているからです。小説はその論理に抗わなければいけない。良い物語は、現状の肯定ではなく、現状を見つめるきっかけを作ります。
まだ未熟ですが、そういう意識で作るつもりです。
文字数:389