夜の一族

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夜の一族

 

 目覚めると、とても喉が渇いていた。汗はそれほどかいていない。となると、寝る前に水をあまり飲めていなかったのだろうか?  

 私は重い蓋をずり開けて、棺桶の外に出る。時間を知らなければならないので、マッチを焚いて、その炎で時計を見た。午後8時過ぎ──さいわいにして、日没の時間は過ぎている。いつもより早い時間に起きてしまったことで、真昼の太陽に対する恐れが強まっていたのか、私は思ったよりも深く安心していた。

 地下室は真っ暗なうえ、カビ臭い。放っておくとすぐ埃がたまるし、勝手に蜘蛛や甲虫が巣を作る。だが何よりも、日光から身を守れるのがよかった。どうせ棺のなかは冷えていて、乾燥しているのだから、湿気は問題ではない。

 私の寝ていた棺の隣には、さらに棺が三つ並んでいる。子供たちのぶんの棺だ。娘二人と、息子一人。どれも見えないが、音ひとつ聞こえてこない。皆、寝入っているようだった。早い時間に起きてはいけないという教えを、忠実に守っているのだ。

 私も、念のため、もう一度眠りたかったが、舌がずっと口の裏に貼りついているような不快感があって、とても寝つけるとは思えない。仕方なく、本格的に起きてしまうことにした。闇の中をすり足で歩いていって、古い大扉の前に立つ。目を凝らして、そばの水銀計で気温を確めてから、きしむ扉をゆっくり開けていった。

 外の空気は暑くて、かなり乾いている。だが、動けないほどではないし、肌も痛くない。

 地上への階段も暗くて、壁に手をつきながら、恐る恐る登っていかなければならない。足の裏の感触だけでも、石の段が経年劣化し、縁が崩れていることがわかった。

 電灯をつけたい、といつも思う。電線はかなり余っているし、電球もいくらか残っている。だが、電気は節約しなければならない。棺桶の中を冷やし続けるクーラーと、地下室の換気扇。それに水耕栽培のための明かり。それ以外に電気を使ってはならない、というのが、私の一族の教えだった。

 一族がこの城館に住み始めてから、何年になるのだろう。私の父も母もこの城に住んでいたし、祖父も祖母も住んでいたらしい。だから、たぶん、五十年以上になるだろう。それだけのあいだ、私たちはこの闇の中で暮らしている。家族の歴史が長いのは、なによりも素晴らしいことだ。自分の命が、大きな力の流れと繋がっている確信がもてる。

 木材や厚いカーテンで塞がれた窓が延々と並んでいる廊下を進むと、ようやく、月明かりがさしている玄関ホールに着いた。ここには塩水と真水が貯蔵してある。私は黒ずんだプラスチックのタンクから真水をすくって、喉を潤した。とたんに、体の血管中に水が流れていく気がする。私は子供たちに内緒で、一度だけ顔を水にひたした。

 髪についた水を、タンクの中に丹念にしぼり落としながら、外の様子をうかがう。

 西にそびえる山脈のむこうの空の、黒く積み上がった雲の裂け目から、満月がのぞいている。山の斜面にそって苔のような背の低い草がのびていて、そのあいだに点々と、立ち枯れた木や多肉植物の影がたたずんでいた。東のふもとには大きな湖がたまっていて、そよ風が吹くたび、きらきらした波がゆらめいている。

 母の話によると、祖父母が子供の頃は、この近辺はもっと見通しが悪かったらしい。背の高い木が何本も何本も立っていて、どこ日陰になっていたそうだ。だが気温が上がるにつれて草木が枯れて、今のような風通しの良い場所に変わっていったらしい。

 日陰でも、どうせ真昼に外出はできないのだから、私は、風通しがいい方が好きだ。けれど昔は、動物がもっと大きくて、外で畑も作れたらしい。しかも、さらにもっと前は、この城のような建物がいっぱいある低地で、私の一族たちが何百人も暮らしていたのだという。低地は本当に暑くて、絶対に住めたものではないし、いかにもお伽話っぽくて、子供の母が、祖父母にからかわれただけな気もするが……。

 私たち、夜の一族の血は、決して絶やしてはならない。私は父母にそう教わった。私たちは血を未来へと続けるために生きている。それ以外に、生きる目的はないのだ。本当は、私たち以外にも、夜の一族が生き残っていればいいのだが、今のところ、家族以外の同胞に会えたことは無かった。

 この冬の時期、私の伴侶は、谷を二つ越えた先にある洞窟に、黄色い石を掘りに行っている。あれがないと、マッチが作れないからだ。なんという石なのか聞いた気もするが、黄色い石、で通じているうちに忘れてしまっていた。

 気づくと、首すじに汗をかいている。

 背後から、大扉がきしむ音が響いてきた。子供たちの誰かが、棺から起き上がってきたようだ。

 夜の一族は他の生き物たちよりも優れた存在である、私はそれを証明し続けなければならない。それが、もう死者となった父、母、祖父、祖母、多くの祖先たちに報いる、唯一の方法なのだ。

文字数:1997

内容に関するアピール

 読むと分かる……ように書いたつもり……成功しているのかはともかく……なのですが、ともかく、テーマの「過剰」は、「最近、夏ってもう昼間に外出られないよね問題」……「夜じゃないとちょっと暑すぎて外出たくないよね問題」……を、より過剰にして、「このまま地球温暖化が進むと、人類って夜にしか生きられなくなるんじゃないか?」と思って、「それってもうほぼ吸血鬼じゃん」……みたいなところから想像を広げていった……その結果として……面白いかはともかくとして……全力は尽くしました、もちろん……力が無いなりに全力を尽くした結果……こういったものができあがりました……。

 どうも私は……寄り道したり心配性になったりするのが好きみたいで……非常にフラついた文章が出来上がったのですが……「やはりこれは俺の個性だよね」みたいな自惚れと……「でもそういうのの悪い面を治すために、型や基礎を学びに来たんだよね」みたいな……しかし、これはやはり、やはり、面白くはないのだろう、と……そのように思っています……。

 いや、この小説は最高に面白いです。おすすめします。本当です。信じてください。

 しかし実際、こういう「しょーもない文章」を書いている時の方がぶっちゃけ楽しいという……いえそれはズレた考えで、楽しいだけであまり生産性はないのですけれど……まあ今一番楽しそうに書いてんなこいつ、とは自分でも思っています……。

 やはり、自分はストーリーテラーとしてはかなりデコボコであり、逆算とか分割とか観察とか遠回りとか、そういう部分がまだまだ甘えているなと思います。頑張ります。

 

文字数:673

課題提出者一覧